読売新聞オンライン
読売新聞オンライン

読売新聞オンライン タイアップ特集
上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

変わるべきはマジョリティ性を有した人々:構造的差別をなくすためにみえない特権を可視化する 変わるべきはマジョリティ性を有した人々:構造的差別をなくすためにみえない特権を可視化する

変わるべきはマジョリティ性を有した人々:構造的差別をなくすためにみえない特権を可視化する

  • 上智大学公式facebookページ
  • 上智大学公式X(旧twitter)
  • 上智大学公式youtubeページ

マジョリティ側が不勉強であることの原因

前例のないパンデミックの中での開催となったオリンピック・パラリンピック東京大会では、LGBTの選手の数がわかっているだけで182名(前回・リオ大会の3倍以上)参加し、金11個を含む32個のメダルを獲得したことで大きな注目を集めました。このように、オリンピック・パラリンピック大会においても、選手たちは過去も現在も性的指向や性自認に関わらず活躍し、力を発揮していることが可視化されました。しかし開催国である日本では、LGBTの人たちを貶めるような発言が政治家によってなされるなど、性的マイノリティの人たちが安心して暮らせる社会からはほど遠いのが現状です。多様性を謳ったオリンピックであったにもかかわらず、LGBTへの理解を促進しようという法案を国会に提出することすらできなかった背景には、国の法律を作る役割を担っている政治家たちが圧倒的なマジョリティ性を有している集団であり、LGBTQ+についての認識がアップデートできていないことがあるかと思います。

政治家たちの圧倒的なマジョリティ性とはこういうことです。彼らの多くは、民族・人種(日本人)、性別(男性)、性的指向(異性愛者)、性自認(シスジェンダー)、学歴(高学歴)、社会階級(中上流階級)、障害の有無(健常者)、などの属性において圧倒的にマジョリティ側に属しています。そうした属性を持っていることそのものについては問題がないのです。ただ、そのようなマジョリティ側の属性を多く有していることで、自分たちが自動的に付与される特権(マジョリティ側に属することで労なくして得ることのできる優位性)にはなかなか気づかないという特徴が伴います。しかも特権というのは持っている側には実に気づきにくい、見えにくいものなので、自分たちが今まで構造的に優遇されてきた側に属している、という自覚を持っていないことが多いのです。

特権が可視化されて初めてわかること

マジョリティゆえの特権ーここで「マジョリティ」は「より多くの(権)力を持っている側」という意味で、必ずしも数が多い側とは限りません。また「特権」も、「マジョリティ側の社会集団に属していることで労なくして得られる優位性」という意味で使っています。たとえるなら、ゴールに向かって歩き進むと次々に自動ドアが開いてくれるようなものです。社会では自動ドアのセンサーがマジョリティだけを検知して開くしくみになっていることが多く、マイノリティに対してはセンサーが反応せず、こじ開けないと通れなかったりするわけです。マジョリティ側の人は常に自動ドアが開いてすいすい通れるので、ドアの存在すら見えず、自分の状況が「当たり前」「ふつう」と思ってしまい、その恩恵に気づかないのです。

例えば、性的指向でマジョリティ側である異性愛者の特権を可視化するとどのようなことが見えてくるでしょうか?法的に婚姻が認められ、それに伴うサービスが得られるだけではなく、結婚すれば誰からも「おめでとう」と言ってもらえ、街中を堂々と手をつないで歩ける......などなど、いくつも挙げることができます。法律婚ができることで、勤務先から結婚の祝い金がもらえ、夫婦で住宅ローンが組め、またどちらかが入院しても家族として当然面会させてもらえるし、遺産相続も問題なくできる。また、シスジェンダー特権(生まれたときに指定された性別と性自認が一致している人)には、「誰でもトイレ」がなくても困らない、「自分の性自認とは」「人にどう伝えるか/伝えないか」という点で、悩んだり考えたりすることがない、今まで医師、両親、教師、親戚、同級生や雇用者等から性自認が尊重されてきた、同様の性自認のメンターやロールモデルを容易に見つけることができる、などがあります。

このように「特権」を可視化することで、すでにマジョリティ側はものすごく高い下駄をはかされていることに気づくでしょう。また当然のように人権が守られている特権もあるわけで、そのように優遇されていることに気づいていれば、LGBTや他のマイノリティの人権を認めない、あるいは、マイノリティを対象とした支援策について「逆差別だ」と主張するといったことにはならないはずです。マイノリティへの支援策は決して優遇などではなく、自分たちマジョリティがすでに得ている優遇をきちんと優遇として可視化することが大事です。

SDGsを考えるなら「男性特権」の自覚を

SDGsには人あるいは国家間の差別や平等性に直接的に関係する目標がいくつかあり、「ジェンダー平等」(ゴール5)は日本がとくに力を入れて取り組むべき目標といえます。日本のジェンダーギャップ指数がすごく低いこと(156カ国中120位)、最近の衆議院議員選挙の結果、女性議員の比率がさらに下がったことで、ジェンダー平等への道のりはかなり遠いと思われます。こうした背景には構造的な問題があり、女性が少ないということは、裏を返せば今までずっと男性を優遇してきたということに他なりません。ジェンダーという言葉を聞くと「女性や性的マイノリティ」に関連すると思われがちですが、ジェンダー不平等は男性という性別をたまたま持って生まれた人を優遇してきた構造があるからです。こうした差別構造を改善するためには、まず男女ともに構造から変えようと決意する必要があります。男性は自分の特権に無自覚でいると、女性の比率を増やすというと「逆差別だ」と感じる人が多いのですが、そのように感じることそのものが、男性が優遇されている現状認識が甘いということになります。まずは様々な組織でトップの地位に就いているのが大部分男性であることは、「ふつう」ではなく「異常」なのだと捉えていただきたいと思います。最近は清田隆之さんや前川直哉さんのように、男性でありながら、自分自身の特権に真摯に向き合うという男性へのロールモデルを示してくれる人も増えています。ぜひそういう方たちの書かれたものを読んでいただきたいと思います。

さて、私は上智大学で社会人向けプログラム「Professional Studies」の一講座『マジョリティ側からダイバーシティを考える:特権と立場の心理学』のコーディネートを担当しています。様々なマジョリティ性を取り上げ、それぞれに伴う特権をワークショップもまじえて可視化していくのですが、このような講座を繰り返す中で、最近ある人から指摘されてあらためて気づかされたことがあります。

たとえば米国のある企業で、人種の平等にもジェンダー平等にも配慮して社員を採用した結果、黒人男性と白人女性が増えたけれど、黒人女性の採用はゼロだった......つまり、マイノリティ性が一つしかない人は組織の男女共同参画的な取り組みや、人種・民族的マイノリティの積極的雇用の措置で採用されるが、マイノリティ性が二つ以上あるとそういった措置から漏れ落ちることが多い。これは構造的な問題で、「女性」「黒人」という個々のマイノリティ性に十分な配慮がなされたとしても、それらを包括的に見る視点や枠組み(インターセクショナリティ=交差性)がなければ、複数のマイノリティ性を持つ人は、そのいずれからも抜け落ちてしまう恐れがあるということです。私自身が「女性」というマイノリティ性を一つしか持っていないために、交差性の視点の重要性に気づくのに随分時間がかかったことに気づきました。私にもマジョリティ性による盲点はたくさんはある、ということです。

前述の講座の受講者には企業のダイバーシティ担当者などが多く参加くださっています。新しい視点を手にして人事の刷新に役立てていただければと願っています。

2021年12月1日 掲出

出口 真紀子 外国語学部 英語学科 教授

1966年生まれ。1988年アメリカ・ウェルズリー・カレッジ卒業。ボストン・カレッジ人文科学大学院心理学科(文化心理学)博士課程修了。ニューヨーク州セント・ローレンス大学、神戸女学院大学を経て、現在、上智大学外国語学部教授。専門は文化心理学。文化変容のプロセスやマジョリティ・マイノリティの差別の心理について研究。本学では「差別の心理学」「立場の心理学:マジョリティの特権を考える」などの科目を担当している。

2021年4月より上智大学グローバル教育センター長。2017年4月~2021年3月まで異文化コミュニケーション学会会長。令和2年度~3年度 東京都教育委員会「人権学習教材ビデオ」検討委員会委員。企業・自治体などの人権啓発講座で講師を務めている。

[広告]企画・制作 読売新聞社ビジネス局

  • 上智大学公式facebookページ
  • 上智大学公式X(旧twitter)
  • 上智大学公式youtubeページ