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上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

土の中の不思議な生き物「粘菌」が農業を救う殺さず忌避する画期的な害虫対策とは?齊藤 玉緒 理工学部物質生命理工学科 教授 土の中の不思議な生き物「粘菌」が農業を救う殺さず忌避する画期的な害虫対策とは?齊藤 玉緒 理工学部物質生命理工学科 教授

土の中の不思議な生き物「粘菌」が農業を救う殺さず忌避する画期的な害虫対策とは?

齊藤 玉緒 理工学部物質生命理工学科 教授

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世界の農家を悩ませる寄生虫被害に日本発の光明が

普段はアメーバの姿(単細胞)でバクテリアを食べ、エサが足りなくなると集まって柄のあるカビのような姿(多細胞)に変身、新天地に胞子を飛ばす......。なんだか、いざというとき合体して巨大ロボになる戦隊ヒーローみたいな、ユニークな生活を土の中で繰り広げている「細胞性粘菌」。私は研究者としてすっかり魅せられてしまったのですが、どうやら彼らは、SDGsの達成にも、やはりユニークな形で一役買ってくれそうです。

粘菌と同じ土壌微生物の一つ、ネコブセンチュウ(回虫やアニサキスの仲間)は、様々な植物の根に寄生し、キュウリやサツマイモからリンゴの木まで、幅広い農作物に被害をもたらします。それによる損失は、毎年実に、世界の農業生産の5~12%にものぼるのだそうです。

このネコブセンチュウが嫌って近寄らない、ドラキュラにとってのニンニクのような物質を、細胞性粘菌が分泌している。このことを私は発見し、そして考えました。

ネコブセンチュウは寄生生物なので、住処となる植物の根にたどり着けないと、生き延びることができない。それなら、粘菌が作る物質によって作物の根から遠ざけ続ければ、毒性のある農薬でわざわざ殺さなくても、自然にいなくなってくれるはず、と。

トマトの根に寄生したネコブセンチュウ。根に多数の「ネコブ」が見える。

私のこの研究とアイデアは、幸い国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の支援を受けることができました。具体的には、研究成果展開事業 マッチングプランナープログラム「探索試験」、研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP) シーズ育成タイプFS、A-STEP機能検証フェーズ 試験研究タイプと継続的な支援をいただき、糖の一種である問題の物質を特定することに成功、人間はもちろん、土壌の生態系や環境に対しても非常に安全性の高い物質であることも確認できました。さらに、ネコブセンチュウだけでなくネグサレセンチュウにも同じように効果があること、大量生産が可能であることもわかりました。JSTの新技術説明会でマッチングが実現した企業とともに研究を進め関連する特許も取得して、現在は実際に農業の現場で使っていただけるよう、大量生産に向けた研究開発を進めているところです。

近年、食の安全・安心や環境保全への意識が高まる中で、ヨーロッパを中心に、強力だが有害な薬剤などをできるだけ使わない「総合的病害虫管理」の実施が求められつつあります。粘菌由来の天然物質を使って、センチュウを殺さず「忌避」させる(遠ざける)防除法は、その要請を満たし、SDGsの方向にも沿う、まさに未来志向の病害虫対策といえるでしょう。

ところで、そもそも粘菌たちはどうしてそんな物質を分泌しているのか、自然界での粘菌とセンチュウの関係はどうなっているのか、気になりませんか?

それは「近寄らないで」のメッセージ

細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)の子実体(左)とネコブセンチュウ(右)。細胞性粘菌の子実体は柄と胞子の2種類の細胞からなる。全長5mm程度。ネコブセンチュウはおよそ1mm。

昆虫大好き少女だった私は、大学で生物学を専攻し、細胞性粘菌という不思議な生き物に出会います。折しもゲノム(遺伝情報)解析のプロジェクトが盛んなころで、彼らの遺伝子を分析すれば、単細胞生物から多細胞生物への進化の過程が理解できるのではないか、というのが、研究の入り口でした。でも興味の方向はやがて変わっていきます。

粘菌を集めるために土をとってくると、そこには必ずセンチュウ類もいる。果たしてこの子たちは仲がいいのか悪いのか? ふと疑問を持っていろいろ実験を重ねてみると、自らエサをとらえて食べる自活性のセンチュウは粘菌に近寄っていくのに、寄生性のネコブセンチュウは粘菌から逃げていく。そしてその原因が、粘菌が分泌する物質にあることがわかったのです。

鳴き声や動作でコミュニケートできない植物や微生物たちも、実は様々な化学物質を使って、互いに必要な情報を交換しています。では、細胞性粘菌が発しているメッセージの意味は何でしょう?

体長1ミリほどにもなるセンチュウは粘菌から見れば巨大ですから、その動きにつれて、自分の体や大切な胞子が運ばれてしまうこともある。粘菌は地表から1.5センチあたりまでの浅いところでしか子実体ができないので、同じく地表近くで生活する自活性のセンチュウにはついていってもいいけれど、寄生すべき植物の根をめがけて深く潜っていくネコブセンチュウに連れていかれるのは困る。だから前者には「いらっしゃい」、後者には「近寄らないで」と......これが私の解釈です。

センチュウのサンプルを分けていただいた専門家の先生から、農業被害のお話をうかがい、私の発見が何か役に立てるのではと、そこからの研究の発展に力を注ぐことにしたのでした。

粘菌が、実用性につながるこうした研究の対象となった前例はほとんどなく、文字通りゼロからプログラムを組み立てる必要がありました。でもその甲斐あって、大好きな粘菌たちが持続可能な農業の実現に貢献してくれる日は近いと、期待がふくらんでいます。

微生物とのつき合い方がサステナビリテーの鍵?

現在私は、本学と北海道大学の協同によるサロベツ湿原の調査にも参加しています。

泥炭の採掘によって環境が完全に破壊され、いまだに植物の姿が見えない場所でも、調べてみると、小さな生き物たちがかつての環境を取り戻そうと、力強く活動を始めています。

ここではミズゴケが繁茂した状態を復元することが最終目標ですが、一般的な土壌に比べて微生物の生態系はシンプルなようで、その中で要となっているらしい生物もわかってきました。彼らの「仕事」を速めるようなお手伝いを、私たち人間が何かできないか、知恵を絞っているところです。

顕微鏡が発明されてからスタートした微生物学は、実はまだまだ発展途上です。そこに未知の微生物がいるとわかっているのに、うまく培養できないがゆえに研究が進まないといったケースも珍しくありません。

ネコブセンチュウ の忌避を示す実験結果。寒天の上での線虫の歩いた跡を調べたもの。左端の太線の部分に溶媒のみを置くと線虫は左右にランダムに動くが、粘菌抽出物を置くと右側に動き、忌避していることがわかる。

ただ確かなことは、微生物の潜在力が、無限といっていいほどすごいということ。ご紹介した粘菌によるセンチュウ忌避物質、ご存じの青カビによる抗生物質のように、微生物たちが作り出す化学物質で私たちの役に立ってくれるものも、おそらくいくらでもあるはずです。ただ、彼らは「足るを知る」暮らし方をしていますから、そうした物質も必要最小限(それもミクロの世界での)しか作りません。だから、私たちにはまだ見つけられていないし、どこを探せば良いかすらよくわかっていないのです。

そう考えると、いわゆるバイ菌だからといって、過剰に殺菌・消毒して身の回りから完全に排除してしまうのは、正しくないのかもしれません(ウイルスは話が別です)。大事なのは、やはり「多様性」なのです。

目に見えない微生物たちに、「私たち人間を助けてくださいね」と謙虚にお願しながら、仲良く、ときには殺さず遠ざける粘菌の知恵にならって共に生きる。そんな発想が、健康・環境・食料生産などSDGsのいろいろな分野でも決め手のひとつになるような気がしてなりません。

2020年4月1日 掲出

齊藤 玉緒 理工学部物質生命理工学科 教授

北海道札幌市生まれ、1984年北海道大学理学部卒業。1992年北海道大学大学院博士前期課程修了、1995年同博士後期課程修了。博士(理学)(北海道大学)。1996年北海道大学大学院理学研究科助手、2007年同助教を経て、2009年に上智大学理工学部物質生命理工学科准教授に着任、2014年より現職。2017年より上智大学研究推進センター長。専門は生物分子化学、ケミカルバイオロジー。微生物の生存戦略と生合成研究から見た「ものづくり」に興味がある。
日本生化学会、日本農芸化学会、日本種生物学会、日本細胞性粘菌学会等の学会に所属。日本種生物学会誌(Plant Species Biology) associate editor、NBRP細胞性粘菌リソース運営委員会委員 等も務める。

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