読売新聞オンライン
読売新聞オンライン

読売新聞オンライン タイアップ特集
上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

SDGs達成のカギを握る「水」の管理をテーマに進められる学融合型研究黄 光偉 大学院地球環境学研究科 教授 SDGs達成のカギを握る「水」の管理をテーマに進められる学融合型研究黄 光偉 大学院地球環境学研究科 教授

SDGs達成のカギを握る「水」の管理をテーマに進められる学融合型研究

黄 光偉 大学院地球環境学研究科 教授

  • 上智大学公式facebookページ
  • 上智大学公式X(旧twitter)
  • 上智大学公式youtubeページ

「水」はSDGsすべてに関わるテーマ

尾瀬調査

SDGsに掲げられた17の目標のうち、「水」に直接言及しているのは目標6の「安全な水の確保」です。しかし、私たちの生命にとっても生活にとっても必要不可欠な「水」の適切な管理は、17項目すべてに深くかかわるテーマであり、これ抜きにSDGsの達成はありえません。

たとえば、2019年9月に襲来した台風19号の被害について考えてみましょう。このとき私たちは、日本の都市や社会が水害に対していかに脆弱であるかを、あらためて思い知らされました。

このことは、水の管理がSDGsの目標11「住み続けられる町づくり」においても大きなカギを握っていることを示しています。そして同時に、日本がこの目標11をいまだ達成できていないこと、すなわち、SDGsは遠い途上国の問題などではなく、私たちが自分事として考え、取り組むべき目標であることも教えてくれています。

ところで、近年わが国で深刻な水害が頻発している原因は、異常気象による台風の巨大化だけではありません。

オンラインインタビューの風景

明治以降、とりわけ戦後の日本の治水計画は、ダムや高い堤防を築いて水を河川・湖沼に「封じ込める」ことで氾濫を防ぐという発想で行われてきました。そこには、工学者の過信ないし幻想が多分に含まれていたのかもしれません。都市計画も同じ発想のもとに行われ、危険であるとわかっている河川沿いの地域に、人々を密集して住まわせてしまいました。そこに想定を超えた氾濫が起こると、高齢化が進んでいるため避難も助け合いもままならず、被害が拡大するのです。

実は、ヨーロッパではすでに、「セットバック」すなわち川沿いの住居を撤退・移転させる施策が進められています。日本でも遅ればせながらそのための法律は整えられたのですが、移転のコストがかかりすぎるため、実施例はとても少ないというのが現状です。

このように、水害の問題一つをとっても、工学、法律、経済、福祉等など、様々な側面からアプローチする必要があります。そして水が関わる分野はきわめて広範です。

私が自ら「学融合型4WD水陸両用車」と呼ぶ研究を展開している理由は、ここにあります。

4WD水陸両用の研究とは

コロンビア共和国の高原湿地視察

私の研究には、それぞれ駆動力を持つ4つの「車輪」があります(4WD)。それは、「湖沼・河川・湿地の水環境解析と保全対策」「水害リスク解析・軽減策」「乾燥地域水資源マネジメント」「新しい挑戦的な取り組み」です。とくに都市部を含む水害リスク対策には、陸上の様々なインフラ整備が不可欠ですから、「水陸両用」というわけです。

そして「学融合」は、私が以前所属していた東京大学の大学院「新領域創成科学研究科」が使い始めた言葉です。類似の意味で昔から使われていた言葉に「学際的」がありますが、これはいわば「盛り合わせ料理」で、参画している各学問分野のもともとの「味」が残っているのに対し、「学融合」はいわば「鍋料理」。つまり各分野の研究が溶け合って全く新しい「味」がつくり出されるものと考えていただければよいかと思います。

現在上智大学は、学長のリーダーシップのもと、こうした学融合型の研究プロジェクトに力を入れています。全学部が一つのキャンパスにコンパクトにまとまっている本学の環境は、学融合型のプロジェクトには非常に適しているといえるでしょう。

私が参加している『持続可能な地域社会の発展を目指した「河川域」をモデルとした学融合型国際共同研究』(平成28年度文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」)は、まさにこの学融合型研究の好例であり、私の「4WD水陸両用」の考え方とも重なる内容になっています。SDGsへの貢献という観点で見ると、すべての目標に関わる「水」が、様々な分野の取り組みを一つに結び付けて、より有効な取り組みに引き上げるという、意義の大きいモデルケースにもなっていると思います。

河川マネジメントの新しい枠組みを提供

台湾台中市の湿地調査

この研究プロジェクトにも、4つの柱となるテーマ「湖沼・河川・湿地」「土壌」「法制度」「経済システム」があり、それぞれチームを組んで取り組んでいます。私は4WDなのでそのいずれにも関わっているのですが、中心はやはり湖沼・河川・湿地で、その環境解析と保全対策、賢明な利用について研究を進めています。

プロジェクトは現場重視を特徴としています。国内では北海道・サロベツ湿地、宮城県・蕪栗沼、北関東4件にまたがる渡良瀬遊水地、千葉県・手賀沼などの調査を継続的に行っており、一部はこのシリーズでも他の先生が紹介されています。

海外ではたとえば、タイ・チャオプラヤ川の上流から河口まで、年2回ほどのペースで調査を実施しています。雨季の大量の降雨が、その前半では川に様々な汚濁物質を流入させ、後半では川を浄化するという、正反対の働きを時期によって果たしていることは新たな発見で、今後の治水政策の貴重なヒントとなるはずです。また同川の流域には、人間の手の入っていない本来の環境がかなり残っており、そこで得られた知見は、日本で始まっている河川環境復元の取り組みにも役立つでしょう。

そのほか、中国北部・ゴビ砂漠の乾燥地域やインド南部ケララ州での取り組みなども進めています。

台湾高雄市の湿地調査

こうした現地調査を中心とする研究活動から得られる、工学的・生物学的・環境科学的・社会的・経済的・文化的な様々な知見を取り入れ、統合して、これまでにない河川マネジメントのフレームワークを提供することが、プロジェクト全体の目標です。それが、国内外の治水・利水政策における現状診断、対策処方のツールとして、できる限り有効なものとなるよう仕上げていきたいと考えています。また、大学として、プロジェクトの成果をいかに教育に還元し、人材育成につなげるかも今後の課題の一つです。

また、本学をはじめ日本とスウェーデンの複数の大学が参加する共同研究の枠組み「MIRAIプロジェクト」との連携も考えています。さらなる学融合によって研究が充実していくことに期待したいところです。

2020年6月22日 掲出

黄 光偉 大学院地球環境学研究科 教授

1961年中国・上海生まれ。1983年中国・復旦大学卒業。1994年東京大学大学院工学系研究科社会基盤専攻博士課程修了。工学博士(東京大学)。東京大学、金沢大学、新潟大学を経て、2011年より現職。2016年より上智大学地球環境研究所所長。専門は流域環境学。
American Geophysical Union, International Society for Environmental Information Sciences, International Association for Hydro-Environmental Engineering, 湿地学会、水文・水資源学会等の学協会に所属。
International Journal of Sustainable Design 編集長、Journal of Environmental Informatics Letters編集委員、国際ジャーナル『Water』のReview Board Memberを務める。
Sustainability, Sensor, Environmental Impact Assessment, Geomorphology, Geosciences, International Journal of Environmental Research and Public Health, Science China Earth Sciencesなど、多くの国際ジャーナルの論文査読を行う。
2019年には、International Society for Environmental Information Sciencesから、同学会のDistinguished Scientistを受賞している。

[広告]企画・制作 読売新聞社ビジネス局

  • 上智大学公式facebookページ
  • 上智大学公式X(旧twitter)
  • 上智大学公式youtubeページ