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読売新聞オンライン タイアップ特集
上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

環境問題、そして戦争。宗教的価値観をサステナビリティに結び付けるには? 環境問題、そして戦争。宗教的価値観をサステナビリティに結び付けるには?

環境問題、そして戦争。宗教的価値観をサステナビリティに結び付けるには?

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環境問題と宗教との関係を一変させる教皇のメッセージ

飢餓や貧困の撲滅、教育の普及などさまざまな分野で、宗教がSDGsに日常的な活動を通して貢献していることは言うまでもありません。しかし、同時に、世界の諸宗教の宗教者たちはSDGsの実現を目指すなかで、自らの宗教の伝統が育んできた価値観や世界観を見つめ直す機会を与えられていると思います。

環境問題は、SDGsの最も重要なテーマです。17の目標のうち3つ(「気候変動の抑止」「海の生態系の保全」「陸の生態系の保全」)が環境問題を扱っているだけではなく、ほとんどの目標が、関連するターゲットを含んでいます。

環境の汚染や破壊が、人間が自分たちの利益を最優先に資源開発や技術革新を推し進めてきた結果であることは明らかです。その背景には、現代文明を牽引してきた西洋のキリスト教の世界観があると指摘されてきました。例えば、旧約聖書の創世記には、神が人間に向かって「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」(創世記1・28 『聖書 新共同訳』)と命じたと書かれています。そこには、人間が自然の動物や植物を支配するという「人間中心主義」的な世界観が描かれています。しかし、現代になって、このような世界観が環境破壊の要因となっていると批判されるようになりました。人間が人間中心的な見方にもとづいて、自らの利益のために自然を破壊して、自然から搾取することを正当化し、結果としてさまざまな動植物の種の絶滅をもたらしたと非難されたのです。

このような状況のなかで、2015年にカトリック教会のローマ教皇フランシスコは『回勅 ラウダート・シ』を発表し、深刻化する環境問題を正面から取り上げました。

教皇は、聖書中の前述の神の言葉が、決して人間による自然の無制限な利用・搾取を許したものではないとしつつ、「わたしたちキリスト者が時に聖書を誤って解釈したのは事実」であると率直に認め、行き過ぎた「人間中心主義」を改めるべきことを強く主張したのです。そして、人間は自然を保護し、自然の生態系を守る責任を持っていることを明確に述べたのです。

世界観の共有が宗教間対話につながる

このようなメッセージが、他の宗教からの批判でも神学者の意見でもなく、カトリックの最高指導者たる教皇の言葉として発せられたことの意義はきわめて大きいといえます。

教皇は、キリスト教の基本的な人間観、すなわち、神が自らにかたどって最後に創造した人間が人格を持ち、自己意識・知性・自由意志を備えた特別な被造物であることを否定したわけではありません。しかし、人間に先立って創造された大地、植物、動物、それらが形成している生態系が、人間にとっての有用性ではなく、それぞれの固有の価値を持っていること、その点では人間と対等な被造物、共に暮らす家族であり、人間がそれらを害すれば、その害は当然に人間自身にはねかえってくることを、明確に論じました。

教皇が提示したのは、人間を含むあらゆる「被造物」が相互に依存しながら共に栄える世界観です。これは、人間が他の被造物を「適切に」管理・利用することで栄えるという、従来の人間中心的な世界観とは似て非なるもの、カトリックの教義や思想にブレイクスルーをもたらしうるものといっていいでしょう。

『ラウダート・シ』は、歴代教皇はもちろん、東方正教会のコンスタンティノープル全地総主教ヴァルソロメオス1世の関連する発言も引用することで、その主張がキリスト教全体の伝統・蓄積によって成り立つものであることが強調されており、その結果、宗派を問わずおおむね好意的に受け入れられることになりました。

しかし、より注目すべきは、同書がキリスト教以外の宗教から高く評価されたことでしょう。すべてのものの相互依存関係を「縁起」と表現してその思想の核に置く仏教をはじめ、その世界観は、さまざまな宗教が共有しうるものだったからです。

すなわち、全人類が直面している環境問題という重大かつ喫緊の課題について、宗教観の対話・協働への扉が開かれたのです。

宗教が戦争に加担する悲劇

環境問題については、教皇フランシスコの柔軟な思考と英断により、SDGsとキリスト教の連携が強化されることが期待できそうです。また教皇はLGBTについても柔軟な姿勢を示しており、SDGsが目指すジェンダー平等とカトリック教会の教義との間にある矛盾も、環境問題以上に一筋縄ではいかないと思いますが、解決に向けた対話が続けられていくでしょう。

宗教的価値観は人間の生命と尊厳を守り、人類全体の平和と共存を志向しながら実現されなければなりません。しかし、もしも、ある宗教的価値観が人間の生命と尊厳を否定し、人類の平和と共存を拒絶する方向に向かうならば、人類のサステナビリティを脅かすことになります。この問題に関して、眼前の事例に目を向けないわけにはいきません。

今年2月、ロシアがウクライナに侵攻し、今も戦争が続いています。ロシア正教会のモスクワ総主教キリル1世は、この戦争をキリスト教信仰の名のもとに是認し、正当化しました。これはなぜなのでしょうか。

ロシアのプーチン大統領と総主教キリル1世は、ともにルースキー・ミール(ロシア世界)という世界観を共有し、その具現化を目指していると言われています。ルースキー・ミールとは、どのような世界観なのでしょうか。現代のロシア、ウクライナ、ベラルーシは、中世のキエフ大公国を共通の民族的・宗教的・精神的・文化的起源としています。キエフ大公国の支配していた地域をルーシと呼び、ルーシの中心は、現在のウクライナの首都キエフ(キーウ)でした。10世紀にキエフ大公ウラジーミル1世がクリミア半島で東方正教会の洗礼を受けてから、ルーシにキリスト教が導入されて東方正教会が発展し、ロシア正教会もそこから生まれました。ルースキー・ミールという世界観は、「聖なるルーシ」の再興と完成を目指すものであり、共通の政治的中心としてのモスクワ、共通の精神的中心としてのキエフ、共通の言語としてのロシア語、共通の教会としてのロシア正教会を志向しています。

このルースキー・ミールに対立して存在しているのが、「退廃した」西側諸国です。リベラリズム、グローバリゼーション、同性愛などを許容する西側諸国の価値観に対して、ルースキー・ミールにおいては東方正教会の教えにもとづくロシアの伝統的な価値観が保持されなければなりません。モスクワ総主教がウクライナ侵攻を支持するのは、西側諸国の「堕落した」(と総主教が考える)価値観の影響をルースキー・ミールから排除したいという理由があると考えられています。

さらに教会の問題について言及すると、モスクワ総主教は、17世紀以降、ウクライナの正教会を自らの管轄下に置いていました。しかし、1990年代に入ってから、ウクライナの正教会のいくつかのグループが、モスクワ総主教庁の管轄する正教会から離れることを宣言し、いくつかの分離教会を形成していました。その後、2014年のロシアによるクリミア併合を経て、2018年にコンスタンティノープル全地総主教がウクライナの分離教会を「ウクライナ正教会」という独立自治教会として承認しました。その結果、モスクワ総主教庁はコンスタンティノープル総主教庁との断交を宣言し、この対立は今も続いています。ウクライナの正教会の分裂は、ロシア正教会を共通の教会とするルースキー・ミールの実現にとって、大きな問題となっています。

このように特定の宗教的価値観が別の価値観とぶつかったとき、さまざまな緊張や対立が発生します。残念ながら、ときに悲劇的な事態が起こることもあります。しかし、衝突・矛盾を解消し、共存・連携への道を拓くすべもあることを、過去の歴史のさまざまな例が示しています。

上智大学はキリスト教精神を教学の基盤に据えつつ、日本人の学生、アジア諸国・欧米諸国からの留学生など、さまざまなバックグラウンドを持つ学生たちが一つのキャンパスに集い、ともに学んでいます。次代を担う若者たちが、異なる宗教・文化の間で価値観をすり合わせる、活発な対話の場となることを期待したいと思います。

2022年6月1日 掲出

角田 佑一 神学部神学科 助教

1979年埼玉県生まれ。2002年上智大学文学部哲学科卒業。2004年同大学院哲学研究科哲学専攻博士前期課程修了。2009年同大学神学部神学科卒業。2014年同大学院神学研究科神学専攻博士前期課程修了。2017年米国サンタクララ大学・バークレー・イエズス会神学大学院博士課程修了(神学博士)。現在、上智大学神学部神学科助教・青山学院大学非常勤講師。
専門はカトリック教義神学(キリスト論・三位一体論・エキュメニズム)、近代浄土真宗思想。日本カトリック司教協議会エキュメニズム部門委員。日本カトリック神学会理事・学会誌編集長。

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SOPHIA ONLINE「上智大学を知る」タイアップページ 2014年4月〜2017年3月掲載分 各界で活躍する上智大学卒業生
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