私の忘れられない味、それはもう三十年以上も前の話になります。当時五年生だった娘の作ってくれたお弁当です。

　その頃私は、月に二回程日曜日にある学校に通っていましたが、当時の我が家は、舅姑私共夫婦、長女五年生次女三年生、長男幼稚園と七人家族の中にあって、朝七時半に家を出る事は至難の業でした。

　その日も学校へ行く前に、バタバタと洗濯やら掃除をしていると、「きょうは、お母さんのお弁当私が作ってあげる」と言って朝早くから作ってくれたのでした。

　お昼になり、ワクワクした気持ちでお弁当を開けた瞬間、感動で胸がいっぱいになり、思わず涙がこぼれそうになりました。

　そのお弁当は、挽肉を甘からく炒めたものといりたまご、桜でんぶが酢飯の上にきれいに並べられた何ともかわいいものでした。横にウインナーも入っていました。娘がどんな気持ちで作ってくれたのかと思うと、何だかもったいなく一口一口かみしめる様に食べた事が思い出されます。

　思い返せば娘は小さい頃からお料理に興味があり、お勝手に来てはお手伝いすると言って、大根を切っていれば私もやると椅子を持って来て、危ない手つきで切っていたものでした。この忙しい時にと思いましたが、「ありがとう。助かったよ」と言うととても嬉しそうでした。そんな事の繰り返しから、小学校の三年生ぐらいにはなっていたと思うのですが、「今日のランチは私が作る」と言って何やら作っていました。出来上がったものを見てびっくり、それはお茶碗にいり玉子を入れその上にケチャップご飯を入れて、ひっくり返してよそった、まん丸のかわいい本人言わくオムライスでした。それを見て妹も弟も大喜び、「お姉ちゃん美味しいよ」とニコニコ顔でほおばっていました。

　それからというもの、娘なりのアイデアでいろいろなめずらしいお料理を作ってくれるようになりましたが、あれは中学の頃だったと思います。家庭科の調理実習での事、焼肉をするのについいつもの調子で肉を小さく切ってしまい、「今日はちょっと失敗したあ」と言って帰って来たことがありました。それというのも我が家は、おじいちゃんおばあちゃんが食べ易い様に、何でも小さく切るのが普通になっていたからでした。

　そしてそのおじいちゃんおばあちゃんに介護が必要となり、私がそちらの方にかかりきりになると、高校生になっていた娘は自然と家のことはほとんどやってくれる様になりました。冷蔵庫にある材料で、手際良く夕食の支度をしてくれるのです。そしていつの間にか、ぬかみそやらっきょ、白菜漬けなども私より上手になっていました。

　娘は嫁いで行く時、「何か反対だね」と言いながら大切に手を入れていたぬかみそを置いていってくれたのです。

　そして、「これお父さん好きだったから」と時々持って来てくれる手作りのお惣菜を、何よりの楽しみにしている主人なのです。