三十八年前、親戚の勧めで、当時二十歳の若さで見合い結婚した私。
十歳年の離れた夫の両親は、嫁のしつけに厳しく、若輩者だった私は、何かと辛い思いをすることが多かったものです。
正月と盆、一晩づつだけ許された帰省は、唯一、娘に戻れる貴重な時間でした。
そんな私が実家に帰り、真っ先に母にリクエストするのが、母特製うどん。
それは、花鰹を鷲摑みにし、鍋の中に投げ入れてとっただし汁の中に、肉、人参、玉葱、ごぼう、葱など、とにかく、冷蔵庫の中にあるものを手当り次第材料とし、具材が煮える少し前に乾麺のうどんをほうり込み、仕上げに醤油を入れるという、大雑把な母の性格を見事に表現した一品なのです。
これを口一杯にほうばると、
「ああ、帰って来た。」
と心底思うのです。
どんぶりに山盛りのうどんをおかわりした私は、次の日、帰る間際にも、又、うどんをリクエストします。母の呆れた様な、少し心配そうな笑い顔をよそに、私はおなかいっぱいうどんを食べ、明日から嫁として妻として母として頑張る活力を得るのでした。
このうどん、父曰く、不味いと不評です。でも、私には、どんな豪華な料理より勝るおいしい味だったのです。
たまに、無性に食べたくなり家で作ってみたのですが、あの味になりません。母に聞いてみたことがあります。でも母は、
「チチンプイやで。」
と言って、ニヤニヤしてごまかすのです。
作り方は同じなのに何度挑戦しても母の味には及びません。
そんな母特製うどんも数年前から口にすることができなくなりました。
父母は、別々の施設に入り、今は懐かしいあの台所に立つ母の姿も、不味いと言いながら私につきあってうどんを食べてくれる父の姿もありません。
母の面会に行くと、時々子供のようにだだをこねます。
「あのうどんおいしかったね。」
と言うと、
「家に帰ったら、又、作ってあげる。」
と言って以前の母の顔にもどるのです。
頷きながら二度と口に出来ない味を思う私。
先日、嫁いだ娘らが帰った時のことです。子供らがお腹をこわした時いつも作ってあげた雑炊をリクエストされました。
見た目とても不味そうなのに食べるとおいしいと言うのです。自分で作っても何か味がちがうらしく、味つけを聞かれました。
「チチンプイやで。」
私はニヤニヤしながらそう答えると、娘らに背を向け雑炊を作り始めました。
教えられるわけがない。適当だもの。
ただし、娘を思う母の愛情は、たっぷり入っていますよ。