優しくて少し内気なうちのばあちゃんの趣味、それは料理だ。同居はしていないが、両親が共働きで、家も近かったからか、小さい頃からたくさんばあちゃんのご飯を食べてきた。和食だって洋食だって、ばあちゃんの作るご飯は何だって美味しいけれど、ばあちゃんの代名詞と言えば、やっぱりピザだ。
程よく厚みを残した生地の上に、とろーりよく溶けるチーズ。その上に、ぷりぷりのエビ、肉厚のサラミ、新鮮な野菜をたっぷり乗せて、フライパンでカリッと焼きあげるのが、ばあちゃん流だ。大学で実家を出てからも、冷凍してよく送ってもらっていた。このピザを楽しみにしているのは、家族だけではない。ばあちゃんの姉妹や友人、美容室や行きつけのご飯屋さんまで、たくさんの人に振舞っているのだ。
たくさんの笑顔に包まれるばあちゃんのピザ。そんな笑顔が涙に変わった出来事があった。
私が社会人となり、1年が過ぎる頃だった。いつものように出勤しようと支度を始めた私に、突如異変が起きた。動悸が激しくなり、理由もなく涙がこぼれ、私は立ち上がれなくなった。やっとの思いで上司に連絡を入れ、落ち着くのを待って、病院へ急いだ。
「休養をとったほうがいいね。近頃心の病気なんて、めずらしくないよ。大丈夫。」
先生はそう言って、診断書を書いてくれた。私はその日から、しばらく休養を取ることになった。実家へ帰る新幹線のデッキで、いろんな感情が混ざり合い、零れ落ちた。頭の中で、先生の言葉がリピートする。社会に初めて少し触れたようで、心がぎゅっと締めつけられた。
家に帰ると、180度違う私の雰囲気に、母は戸惑いを見せたけれど、
「よう帰って来たね。こっちでゆっくりしいや。」
と言ってくれた。へらりと笑う私に、なんだか二人とも泣きそうだった。
それからしばらくの間は、だれとも連絡を取らず、日々を過ごした。初めてゆっくりと自分の人生について考え、初めて日常の大切さを感じた。周囲の人にも支えられ、私は少しずつ、本来の自分を取り戻していった。復職を決意した時、久しぶりにばあちゃんに会いに行った。ばあちゃんは、いつもと変わらない笑顔で、優しく迎えてくれた。事情も知っていたけど、そのことには触れず、一切れピザを出してくれた。
「まっちゃん、またピザ冷凍して送っちゃるけんね。頑張りよ。」
そう言って、また台所に消える後ろ姿に、心が温かくなった。
復職の前日、母からピザが送られてきた。焼くのはばあちゃんで、冷凍して送るのは、母の担当なのだ。丁寧にラップで包まれたピザを、電子レンジで温める。じんわりと解凍されたピザを、今度はフライパンで二度焼きをする。残念ながら、焼き立てのようなあのカリっと感はない。それでも、このピザは何より美味しいピザだ。
この先の私の人生はおそらくまだまだ長くて、これ以上の苦悩はたくさん降りかかる。それでもきっと、涙が滲んだこの味が、私を強くしてくれるのだろう。