高校の西門の向かい側に小さな雑貨屋さんがあった。日用品の他に文房具や駄菓子、菓子パンと何でも置いてあった。店の奥には四人がけのテーブルが二つある。たいていそこには、背中を丸めた高校生がいて、西日が射しこむ中、がつがつとラーメンを食べていた。今のように、コンビニでカップラーメンにお湯を注いで食べるわけではなく、注文するとお店のおばちゃんが、インスタントラーメンを煮てくれた。いくらだったかはっきり覚えていないが、確か、50円くらいだった気がする。
高校時代の思い出は、いつも空腹と隣り合わせだった。放課後の部活が始まるわずかな隙間に、友だちと連れ立ってそのお店に行き、ラーメンを食べた。ラーメンには、ほうれん草だの、キャベツだの、おばちゃんちの畑で採れた野菜がたっぷり入っていた。「もっとゆっくり食べなね」おばちゃんにそう言われながらも、部活に遅れるわけにもいかず大急ぎで食べ、走って体育館に戻ったものだ。私の通っていた高校は部活動が盛んだった。テニス部と体操部は全国大会の常連。中学時代、体操部だった私は入学当初、体育館に見学に行ったものの、その厳しい練習風景に恐れをなして、入部を諦めた。何を思ったのか、視線の先にあった舞台で大声を張り上げていた演劇部に入った。声を出すとお腹が空く。おまけに腹筋やらランニングやら運動部顔負けのことをする。軟弱な私はこんなはずじゃなかったと思いながら、次第に演劇の魅力にとり憑かれていった。部活の先輩たちはそのお店の常連だった。今思えば、運動部ほどの厳しさがなかったせいで、お店の利用度が高かったのかもしれない。テーブルを囲んで、「体操部に大きな顔されるの、しゃくに障るよね。私たちも全国、目指そう!」 ラーメンを食べながら、定期テスト前など、お店を占拠してそんな会話をした。
ある日、久しぶりに部員仲間とラーメンを食べに行った。ラーメンにはいつものたっぷりの野菜の他に、分厚い焼き豚が入っていた。
「おばちゃん、今日はどうしたの?」ビックリして尋ねると、「あらやだ。気がつかないの。お祝いだよ、お祝い」そう言って、おばちゃんが、目を細めてVサインをしてくれた。そうだった。万年予選落ちの演劇部が、地区大会で優勝して、県大会に出場できることが決まったばかりだった。いつもよけいなことは言わず、空気みたいにお店に居たおばちゃんとお喋りした記憶はあまりない。でも、私たちのことをずっと応援してくれていたことをその時、始めて気がついた。スープが浸み込んだ焼き豚は、とろけるように柔らかかった。