「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第11回

一般の部(エッセー)

キッコーマン賞
「不合格ケーキ」
安部 瞳さん(大阪府・43歳)
読売新聞社賞
「銀の球」
金谷 祥枝さん(広島県・49歳)
優秀賞
「夫の好物」
山本 聡子さん(東京都・49歳)
「お彼岸の日のサンドイッチ」
野村 未里香さん(東京都・48歳)
「父のデーコの煮和え」
片山 ひとみさん(岡山県・57歳)
「門出の日」
小林 秀子さん(神奈川県・47歳)
「おばあちゃんのお日様ご飯」
山口 紀子さん(青森県・46歳)
「16時のスパルタ母さん」
柳井 理沙さん(宮城県・32歳)
「娘の作ってくれたお弁当」
島田 広美さん(神奈川県・69歳)
「伝説のおはぎ」
實近 裕美さん(岡山県・51歳)
「スカスカ冷蔵庫は『どこでもドア』」
中島 藍さん(愛知県・41歳)
「A君のお弁当」
藤井 知子さん(神奈川県・51歳)

小学校低学年の部(作文)

キッコーマン賞
「おこのみやき」
大恵 朱実さん(兵庫県・9歳)
優秀賞
「じいじのぬかづけ」
大木 紗英さん(東京都・7歳)
「三人だけのとくべつたまごかけごはん」
平尾 瑞希さん(大阪府・8歳)

小学校高学年の部(作文)

読売新聞社賞
「直子先生の一番むすび」
山田 太輝さん(静岡県・11歳)
優秀賞
「忘れられないカレー」
丸井 陽太さん(東京都・12歳)
「祖父母の味」
白石 和歌子さん(北海道・12歳)

※年齢は応募時

第11回
■一般の部(エッセー)
キッコーマン賞

「不合格ケーキ」 安部 瞳 あべ ひとみ さん(大阪府・43歳)

 「焼肉のタレ、かしてぇ」

 「肉じゃが作り過ぎたから、持ってきた」

 私が幼い頃に住んでいた、大阪の郊外にある団地は、それ自体が大きな「家族」のようだった。母が女手一つで私と姉を育てていた我が家。誰もが、裕福ではなく、助け合って生きる風景が、日常に溢れていた。

 十五歳の春。私の受験生活も、団地のおっちゃん、おばちゃん達が、陰に陽に応援してくれた。期待に応えようと、私も猛勉強。

 そして迎えた発表当日。私は、第一志望の高校に落ちた。その知らせは、今のインターネット並みの早さで、団地中に伝わった。伝わったハズだった。

 母の明るさ。これが「不合格」を伝える電話でも大いに発揮され、陽気な母の声に、第一報を受けた、自称「歩くスピーカー」のおばちゃんが、「合格」と聞き間違えてしまったのだ。「合格」の誤報が駆け巡り、お祝いムードのおっちゃん、おばちゃん達が、我が家に押しかけてきた。

 泣きじゃくる私。両手で「バツ印」を出す母。お祭り騒ぎが、あっという間に、沈黙に変わる瞬間を、私は背中で感じ取った。

 沈黙を破ったのは、スピーカーおばちゃんである。彼女は、手作りの大きなスポンジケーキを持参していた。鼻をすする私の後ろで、突如、スピーカーが奇声を上げた。

 「わぁー、やってもうたワ」

 びっくりして振り向く私。真っ白なケーキの上に、おばちゃんのメガネが、ボトッと落ちているではないか。チョコレートで書かれていたケーキの上の文字が、無残にも潰れていた。

 すると、おばちゃんは、クリームまみれのメガネをかけ、

 「いやぁ、なんも見えへんわ。目ぇ悪なったんかな」「なにゆうてんの、クリームがついとるからや」。漫才のようないつもの会話が始まり、明るさを取り戻した人々の中で、私は一人、悲しみに浸っていた。すると、スピーカーおばちゃんが、ケーキを手に、近づいてきた。「ほら、アーンしたろ。残念賞や」。そう言って、大きくカットしたケーキを、私の口に放り込んだ。私は涙と一緒に、ケーキをゴクリと流し込んだ。

 ふと、残りのケーキに目をやると、メガネで潰されたメッセージの残骸が見えた。

 「…でとう」

やっぱり。合格祝いのケーキ。「おめでとう」の文字を見せない為に、わざとメガネを落とすという荒業。三十年以上経った今なら、優しさの固まりだったとわかる。

 あの時のケーキの味を、私は覚えていない。けれども、「おいしい記憶」と言われて、真っ先に思い出したのは、あのケーキ。「美味しさ」とは「美しい心で届けられた味」ということなのだと、改めて気付く。あの時は言えなかったけど、「ありがとう」。そして、「とっても、おいしかったです」。

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