夫と結婚して二十年が過ぎた。どの夫婦もそうであるように、涙あり笑いありの二十年である。夫婦だからこそわかることもあるし、今だに新たな一面を見つけることもある。
二十歳の頃からつき合い始め二十八歳で結婚。夫は俳優になりたいという夢を持っていたから、当然のようにお金は無かった。私は料理が上手ではないが、やりくりして日々の食事を用意することは苦ではなかった。若かったから、であろう。
つき合っていたときのことである。ある日、くるみを入れたバターケーキをこしらえた。図書館で借りたお菓子の本に載っていたもので、何となく作っただけだった。夫のアパートに何となく持って行き、食べていいよと置いてきた。数時間後、夫は私に電話をかけてきた。
「ねえこのケーキ、どうやって作ったの?くるみのやつ。すごくおいしい。見た目はなんか地味だからさ、期待しないで食べたんだけど、すごくおいしい。また作ってよ。」
興奮した口調だった。期待してなかったんかいとつっこみつつ、おいしいと言われたことは素直に嬉しかった。それからこのケーキを何度作ったかわからない。ほとんどこのケーキのためだけにバターを買い、二畳もない小さな台所で私は作った。夫に渡すととても嬉しそうに一切れ食べ、冷やすとまたうまいんだと冷蔵庫に入れていたのを思い出す。
結婚してからも何度も作ったが、子供が生まれてからはとんと作らなかった。子供のために脂質や糖分を控えたものに目が向いていたのだ。
ある日、中学生の長男が
「お父さん、お母さんの作るもので一番好きなものって何?」
と尋ねた。夫は少し考えてから
「くるみのケーキ。」
夫と出会ってから、いろいろな食べ物を作ってきたが、まさかのくるみのケーキ首位。しかも十年以上作っていない。へええそんなに好きだったなんて。私は忘れていたくらいの位置付けなのに。では久しぶりに作ってみようという気になった。
出来上がったケーキを早速味見。うん、おいしい。あの頃を思い出す。もう一口。おいしい…が重い。バターが少々くどいのだ。十年以上食べていなかった。それは十年以上年をとったということだ。思い出の味で年を実感することになるとは。ちょっぴり寂しくなる私の前で、おいしい!と食べる子供たちの若さがまぶしく頼もしかった。
仕事から帰った夫にこの話をしながらケーキを出す。夫も、うまいが確かに重いなと笑った。しかし翌日の弁当に少し持っていきたいと言い、帰宅後冷蔵庫から出してぺろりと食べていたのはさすがに好物首位。長らく作らなくてごめんね。これからはちょくちょく作るよ。夫の一言で思い出したケーキ。我が家の大切なレシピが一つ増えた。