「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第10回

一般の部(エッセー)

キッコーマン賞
「チャーハンおかずに飯を食う」
多田 大祐さん(東京都・33歳)
読売新聞社賞
「母だけの『ひつまぶし』」
渡辺 惠子さん(徳島県・60歳)
優秀賞
「家族のカツオ茶漬け」
岡本 はる奈さん(東京都・36歳)
「お粥の味」
グレアム 明美さん(イギリス・65歳)
「友情の賞味期限」
小森 ちあきさん(大阪府・53歳)
「これでもかフレンチトースト」
吉田 加代子さん(福岡県・64歳)
「茶色いノート」
椎屋 亜夕美さん(福岡県・36歳)
「がんばれの味」
佐瀬 寛展さん(東京都・35歳)
「ちょっとの味」
見澤 有美さん(埼玉県・34歳)
「娘と娘の肉じゃがが教えてくれた事」
大石 史枝さん(福島県・58歳)
「こんぺいとう」
加茂 千秋さん(北海道・70歳)
「サンキューおにぎり」
荒谷 陽子さん(北海道・54歳)

小学校低学年の部(作文)

キッコーマン賞
「おばあちゃんのうめぼし」
門井 悠華さん(埼玉県・8歳)
優秀賞
「弟はおしょくじれんしゅう中」
佐々木 百合子さん(宮城県・7歳)
「コロコロ・心の落花生」
井上 ミモザさん(東京都・8歳)

小学校高学年の部(作文)

読売新聞社賞
「魔法の調味料『ママじょう油』」
白石 春己さん(熊本県・11歳)
優秀賞
「なすのにびたし」
吉田 夢芽さん(群馬県・10歳)
「チャーハンにこめられた想い」
植木 涼太さん(埼玉県・11歳)

※年齢は応募時

第10回
■一般の部(エッセー)
優秀賞

「これでもかフレンチトースト」 吉田 加代子 よしだ かよこ さん(福岡県・64歳)

 私の父は、食べることが大好きな人だった。その食い意地が高じて、食材選びから調理にまで口や手を出すようになり、定年後は「専業シェフ」として、台所に君臨した。

 父の料理の腕前はなかなかのもので、和洋中華とレパートリーも広かった。

 ただ一つの問題は、「味付けが濃い」ということだ。油も砂糖も、「これでもか」というほどたっぷり使う。美味しいことは美味しいけれど、いかにも体に悪そうだし、時にはくど過ぎる。私も母も、あとひとさじ入れる入れないで、よく父とやり合ったものだ。

 そんな父も、母をがんで亡くしたのち、自身も末期がんで余命告知を受けてからは少しずつ活力を失い、やがて一日の大半をベッドですごすようになった。

 そこで私は、父のベッドを寝室からLDKに移した。そうすれば、自分で台所に立てなくても、私が料理する様子を見ていられる。その方が、食欲もわくだろうと考えたからだ。

 もちろん、おとなしく見守っている父ではない。ベッドに横になったままでも、私にあれこれ指示を飛ばしてきた。

 ある日父は、「フレンチトーストちゃ、どんな食いもんや」と言い出した。TVのグルメ番組で見て、気になったらしい。

 ちょうど、厚切りの食パンが一枚残っていた。食欲の落ちている父と、ダイエットの必要がある私なら、二人分の昼食にちょうどいい。

 パンを浸す牛乳を調合していると、レシピも知らないくせに、父は口出ししてきた。

「練乳があったろうが。あれも入れたらええ。」

 分量の砂糖は入れたのに、このうえ練乳も。甘すぎるんじゃない、と思っても口には出さず、私は「はいはい」とチューブを絞った。

 さて、パンを牛乳から出して焼こうとすると、またダメ出し。

「まだまだ。もうちょい長う漬けとけ。」

 これにも、黙って言うとおりにした。

 その頃の私は、父の好みにいっさいケチをつけなくなっていた。何であれ、父の望むようにしてあげたかった。たとえ、パンはぐずぐずに崩れ、辟易するほど甘ったるくなったとしても。

 思いがけないことに、できあがったフレンチトーストは、自分史上最高の味だった。ぶ厚いパンの中心部まで液がしみ込んでやわらかく、練乳のねっとりした甘みは、焦げたバターの風味をよく引き立てていた。父は上機嫌で、トーストの半切れをぺろりと平らげた。

 しかしその日の夕飯どき、何を勧めても、父は「いらん」と首を振った。お昼の甘みが胃にもたれているんだろう、明日は何かさっぱりしたものでも作ろうか。私はそう考えて、自分ひとりの夕飯を簡単に済ませた。

 ただ食欲がないだけで、いつもと変わらぬ様子だったのに、夜が明けるころ、父は静かに息を引き取った。父の最期の食事は、自らアレンジした、人生初のフレンチトーストだった。

 今も私は、父の「これでもかレシピ」でフレンチトーストを焼いている。練乳なしのフレンチトーストなんて、もの足りなくてしかたがない。

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