私が実家で暮らしていた十代の頃、丑の日に、母は必ず鰻を用意してくれた。鰻は私の大好物で、その日は夕方から母の傍に張り付いていた。母は鰻の蒲焼を二本買ってきて頭を落とし、尻尾の部分を三センチほど切り取った後、六切れに割る。それを父と私と妹の重箱に、タレで絡めたご飯に鰻を二切れずつのせる。そして母のだけは、タレをかけたご飯に、みじん切りした鰻を混ぜた鰻丼だった。
何年か経った頃、私は不思議に思って、母に聞いてみたことがあった。
「何でお母さんのだけ違うの?」
すると母は、バツが悪そうに私を見た。
「これはねえ、ひつまぶしって言うのよ。母さんは、これが一番好きなの」
そう言いながら母は、私や妹が舌づつみを打ちながら鰻を頬ばっている姿を、満足げに眺めていた。
ある丑の日のこと。私は母の食べている、ひつまぶし丼が、無性に食べてみたくなった。
「お母さん、今日は交換しようよ」
私の言葉に、母は一瞬戸惑った顔をした。
「ごめんね。母さんは、これしか食べられないの」
「でも、一回だけ食べてみたいなあ」
すると母は、私をじっと見つめながら、フッと笑った。
「あなたがね、ずっとずっと大きくなって、お母さんになったら食べられるかもね」
私はその時、母の言葉の意味がわからなかった。
それから長い長い年月が経ち、結婚して、私も母親になった。やがて二人の息子も、高校生と中学生になり、食べ盛りのピークを迎えた丑の日のことだった。
私は鰻屋さんの店頭で、財布と相談しながら、蒲焼を三本買った。
帰宅して、台所のまな板の上に三本の鰻を並べ、夫と私、二人の息子にどう分けるか、しばらく悩んでいた時、ふと何十年も昔の、あの記憶がよみがえってきた。
「あっ」
私は思わず声が漏れた。
私は迷わず尻尾を三センチ切って、みじん切りにした。三本の鰻の身の部分は半分に切って六切れ分作り、夫と息子二人のご飯の上に二切れずつ載せた。
私は母と同じ、ひつまぶし丼を食べながら、鰻重を美味しそうに猛スピードでガツガツ口に運ぶ息子たちの姿に、私はお腹いっぱいになった。
昨年の丑の日に、施設ですごしている母に、特上の鰻重を持参した。
蓋を開けた瞬間、母は私に言った。
「これは、あんたが食べなさい。私はねえ、尻尾を刻んだのが好きなの」