2013年7月、私は初めての出産をした。ちょっと小さめの髪の毛ふさふさの女の子だった。逆子であったため帝王切開での出産となり、入院期間も自然分娩の場合よりも少し長い11日間だった。
産まれた我が子は愛おしかった。手も足も鼻も全てが小さくて、絶対に落としちゃいけない、死なせてはならぬと毎日必死だった。
私が入院していた病院では母子別室で、新生児室で赤ちゃんが泣くと昼夜関係なくお呼びがかかる。もちろん体調が悪い時や、あまりにも眠い時はお助けカードの様なものがあり、それをベッドの柵に吊るしておけば、看護師さんがミルクをあげたりおむつを替えたりしてくれる。しかし私は、初めての我が子という事もありカードを使わなかった。私と同じ思いの母たちがほとんどだったのか、真夜中の新生児室は、眠気で半目になりながら授乳をしている母たちが沢山いた。まだ授乳が上手く出来ない新米母たちは、我が子が満足するまで飲ますのに時間がかかる。気付けば夜が明けていることもしばしばだ。そしてやっと授乳が済むと、我が子の寝顔を確認してそれぞれの病室へと戻っていく。帝王切開の傷が痛む私は、常にちょっと前屈みで、ゆっくりゆっくり病室へ戻った。そんな毎日だった。
病室へ戻ると私はすぐさま冷蔵庫を開けた。暗闇で光るその中には、昼間夫が届けてくれた桃が入っているのだ。食べやすい大きさにカットされてタッパーに入った桃は、入院中の私のオアシスだった。授乳中というのはとにかく体力を消耗するし、お腹も空き喉も渇く。とろりとして、冷たくて、水分たっぷりのジューシーな桃が、疲れて熱った体に染み渡っていく。
「生き返る~。」あっという間にタッパーの中は無くなった。
私が美味しい美味しいと言うので、夫は毎日の様に桃を持って来てくれた。夫の優しさの詰まった桃が、入院中の私の心と体を支えてくれたのだ。
入院中、子供も一緒に居るというのに、私は孤独を感じてしまうことが多かった。全てが初めての経験で、我が子をちゃんと育てていかなくては、という思いが先走って、上手く出来ない事があると泣けてきた。産んだからと言ってすぐに母親になれる訳ではない事がよく分かった。桃を持っていつもの笑顔で現れる夫の姿にほっとしていた。
私はその後、もう一人女の子を産み、今は二人娘の母親だ。当時の私を懐かしめるくらいの余裕は出来た。以前娘たちに、「ママの好きな果物なに~?」と聞かれ、私は入院中のこのおいしい記憶を話したことがある。
「パパ優しいねぇ。」と娘たちは笑って言っていた。
私は今も一番好きな果物は桃だ。桃がお店に並び始める7月頃、甘い香りとふわっとした産毛の感触が幸せな気分にさせてくれる。そしてあの時、真夜中の病室で一人で食べた事を思い出す。
あの時食べた桃が、今までで一番おいしい桃だ。