「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第14回

一般の部(エッセー)

キッコーマン賞
「春雨サラダ」
上原 多紀子さん(千葉県・71歳)
読売新聞社賞
「お米の思い出」
永山 順子さん(千葉県・47歳)
優秀賞
「お前さんの作るご飯」
渡邉 澄子さん(新潟県・68歳)
「シンプルイズベスト」
角谷 みさきさん(北海道・20歳)
「ズ」
宮本 千晶さん(三重県・55歳)
「玉子・納豆ごはん」
本間 博行さん(千葉県・73歳)
「父の焼きめし」
川上 あきこさん(大阪府・51歳)
「母の日のローストチキン」
田中 弘之さん(千葉県・69歳)
「冬の焼き魚」
工藤 等さん(青森県・77歳)
「真夜中の桃」
池田 風子さん(東京都・41歳)
「娘と私とおむすびと」
大恵 やすよさん(兵庫県・40歳)
「八百屋の『かんとだき』」
大村 博子さん(兵庫県・66歳)

小学校低学年の部(作文)

キッコーマン賞
「みんなでむいたグリーンピース」
荒井 悠里さん(東京都・7歳)
優秀賞
「小学生のごはん」
赤石 知登世さん(愛知県・6歳)
「一口ちょうだい」
下江 瑛斗さん(和歌山県・9歳)

小学校高学年の部(作文)

読売新聞社賞
「おじいちゃんのカレーの前」
近藤 咲菜さん(北海道・11歳)
優秀賞
「チョコレートの味」
永安寺 翔さん(大阪府・10歳)
「山の焼きおにぎり」
鈴木 麻莉歌さん(福島県・9歳)

※年齢は応募時

第14回
■一般の部(エッセー)
優秀賞

「お前さんの作るご飯」 渡邉 澄子 わたなべ すみこ さん(新潟県・68歳)

 三年前の事、「結婚記念日に、鰻重を食べに行きたいね」私は折り込みチラシを指差しながら夫を誘いました。

夫は夏の終わり頃から食欲が落ち、通院のかいもなく痩せてきていました。大好物の鰻なら食欲もでるかもしれないと思ったのです。

 以前、自宅近くに鰻屋さんがありました。注文してから捌き焼く鰻は、ふっくら香ばしく絶品でした。お祝い事や、子供達が帰省した時など、家族揃って食べるのがちょっとした贅沢な楽しみでした。しかし店主の病気で閉店。おいしい鰻重とも疎遠になっていました。そして今回の鰻重への思い出とつながります。

 四十一回めの結婚記念日は冷たい雨が降っていました。仕事を終えた夕方、予約した店へ車で伺いました。いつもの様に夫は助手席です。案内された席は、大きな額縁のような窓から中庭が見えました。ライトで照らされた紅葉や苔は、雨で美しく光っていました。 お目当ての鰻重と、本日のおすすめと書いてあった白子の天ぷらを一皿注文しました。夫は鰻重を完食し、天ぷらもふたりで分けて頂きました。おいしそうに食べる夫の姿を久しぶりに見て、来て良かったと私も安堵しました。

 帰りの車中、「鰻重おいしかったね」と私。少し間をおいて夫は、「そうかなあ、俺はお前さんの作るご飯が一番おいしい」と言ったのです。思いがけない返事に、私は返す言葉も思いつかず、笑ってごまかすことしかできませんでした。その時のワイパーが雨を弾く様子や、見慣れた家並がことばと一緒に心に残りました。

 結婚後、病気らしい病気をした事のない夫でした。手の施しようもない末期癌と告げられたのは、そのわずか一週間後のことでした。三日後に入院が決まり、その前日、娘と息子一家が顔を揃えてくれました。久しぶりに全員が揃い、孫中心のにぎやかな食事風景でした。りんごとヨーグルトを食べた夫は、横になり穏やかな表情で皆の中にいました。

 新型コロナの影響で病院は会うことができません。家に帰りたいと訴える夫。私はその望みを叶える為、迷うことなく退職し、準備に奔走しました。そしてやっと退院できたのは入院から一ヶ月後のことでした。孫が来た時は笑顔を見せてくれましたが、自宅に戻って口にできたのは、氷のかけらと、わずかな水分だけでした。

 「お前さんの作るご飯が一番おいしい」と言ってくれた日から四十日余後、夫は旅立ちました。私の作るご飯は、夫が畑で収穫した野菜中心のごくありきたりのもの。これでもかと厚く切った大根がメインのおでん。大きな野菜ゴロゴロのポトフ。ただの塩むすびなど。私達は食べる事が大好きでした。

ひとり暮らしの今、夫が言い残してくれたその言葉に、心の隙間を埋めてもらったり、励まされてきました。ありふれた一日に感謝しながら生活できているのも、夫のお陰と仏壇に手を合わせ、話しかける日々です。

[広告]企画・制作 読売新聞社広告局