元ヤンキー。豪快で気分屋な性格。沢山の人と交流し、誰からも好かれ、何でも吸収する。
そんな父の作る味噌汁は普通ではなかった。
一つのお椀に一般的な味噌汁の具材である豆腐、ワカメ、じゃがいもなどに加え、豚肉、鶏肉、魚、昨日の残りもの、ワイドショーで観たと思われるどこかの国の謎の調味料が無秩序に混ざり合い、何とも言えない独特な匂いと見た目をしている。味噌をベースにするという最低限のルールだけが守られたゴチャ混ぜ汁。それが父の味噌汁であった。
味噌汁とは呼べない、その都度味も違う。絶対に美味しくないはずなのに、食べてみるといつも味にまとまりがあって美味しいのだから不思議でならない。
父はいつも僕に何かおめでたいことがあるとなぜかこの味噌汁を作る。誕生日の時や部活の大会で優勝した時、受験に合格した時など、いつも決まって味噌汁をドンッとテーブルに置き、僕に早く食べるように促す。そして
「どうだ、美味いだろ?」
と自信満々に尋ねる父に僕はいつも
「まあね」
とだけ答えた。
大学四年生になり、僕は就職活動に追われるようになった。会社説明会、エントリーシート、面接、そして届くお祈りメール。昔から人前が得意ではない僕は面接までは進み、そこで緊張して上手くいかずにいつも不採用になった。初めのうちはここがダメだ、次はこうしようと反省し、前向きだった。しかし面接官の心無い一言、優秀な就活生を見て感じる劣等感、試行錯誤しても上手くいかない焦りが心を擦り減らし、僕はとうとう就活を辞めて引きこもってしまった。
自分の部屋からほとんど出ない。出てきたと思えばコンビニに行ってすぐ部屋に戻る。
部屋の中では布団に潜り、引きこもるようにまでなってしまった不甲斐ない自分を責め続けた。
そんな生活を何ヶ月も続けたある日、部屋の扉がバダンッ!と鳴った。ものすごい勢いで扉を開けて父が入ってきたのだ。
「来いっ!」
あまりの音にただ驚いていた僕の手を引っ張って父は僕を食卓に連れ出した。テーブルを見るとそこには少し赤いスープのような料理があった。味噌汁だとすぐに分かった。でも何故今なんだろうと考えていると
「今回は自信作なんだ、食ってみろ!」
と急かされ、仕方がなく僕はお椀を手に取り、その味噌汁を口に運んだ。少し辛い、赤いのはコチュジャンだろうか。でもなぜか不思議と力が出る味だった。
「就活辞めたお祝いだ。良い選択だと思う。お前らしくな、好きに生きてみろ。」
思いがけない言葉だった。涙腺が一瞬にして緩む。就活中から他人にも自分にも否定され続けて冷たくなった心がじんわりと温度を取り戻した気がした。
「どうだ、美味いだろ?」
父はいつもどおり自信満々に尋ねる。
「まあね」
緩んだ涙腺を何とか引き締め、僕は答えた。
あれから何年か経ち、僕はなんとか自営業の収入で生活出来る様になった。父は還暦を迎えた今でも相変わらずで、多くの友人たちに囲まれ幸せそうだ。様々な経験を乗り越えた今だから思う。きっと全てはスープの具材の様なものなのだ。どんな出来事も時間をかけて混ざり合い、きっとその人の味になる。僕の心を温めた、あの不思議な父の味噌汁のように。