大学時代のオムツを届けるアルバイトでの話。
Kさん80歳。ご主人は20年程前に亡くなり、秩父の山奥で1人暮らし。娘さんは1人都内に居て、年に数回しか会えないようだ。
「いつもテレビと糠漬けが友達なの」
とKさんの口癖。
僕は配達が1日に10件はあるので、ゆっくりできないが、いつもKさんは「あと3分、もう少し居てちょうだい」と言い、お茶ときゅうりの漬物を僕に差し出す。
僕は、いままできゅうりの漬物を食べたことがなかった。Kさんに初めてもらった時は、正直美味しいとは思わなかった。
しかし、毎回もらって食べているうちに、美味しいと感じるようになった。
「私も膝と腰が痛くなければ、畑仕事も続けられたんだけどね。でもこうしてお兄ちゃんが来てくれて嬉しいよ」
そう言ってKさんの目に涙が溜まる。
「Kさん、そろそろ行かないと・・・・・・」
「あぁ、ごめんね。また3週間後だね。楽しみに待っているからね」
3週間が経ち、またKさんの自宅に向かった。
いつもKさんの家の回りは車の出入りがないが、今日は何台か車とすれ違う。Kさんの家に着くと何人かKさんの家に出入りしている。
車を停めて、とりあえずいつものオムツ(紙パンツ)を3袋抱えて家の呼び鈴を押す。「は~い」と60代位の女性が玄関の扉を開けてきた。
「あっ、オムツ届けに来ました・・・・・・」
「あっ、あ~!どうぞ入って」
「あっ、はい。おじゃまします」
(えっ!?)
「実は3日前に死んじゃったの。今日告別式も終わってお骨になって帰ってきたんです」
「えっ?えっ!? Kさんがですか?」
「そう、私の母」
「え!?」
「あなたのことを母は電話でよく話していました。また来てくれるのが楽しみだと」
そう言ってKさんの娘さんは涙を拭った。
「あっ、あとこれ持って帰っていただけますか? 何十個もあるけど」
娘さんがふすまを開けると、なだれのように2、3袋オムツが落ちてきた。
「え?」
「いつも持って来てくれたオムツです。母は使ってなかったんです。まだなんとかトイレに行けていたから、漏らしたりもしてなかったみたい。あなたに会いたいから、オムツを頼み続けていたんだと思います」
(Kさん、ごめんね・・・・・・もっと話しを聴いてあげれば良かった・・・・・・)
「あ!そうだ!」
しばらくすると、タッパーを抱え、Kさんの娘さんが戻ってきた。
「これ、貰ってちょうだい。『お兄ちゃんが、美味しいっていつも褒めてくれるの』って母が喜んでいたの。ほんとうにありがとうね」
タッパーには、きゅうりの糠漬けが何本も入っていた。
大事に、大事に食べた。
「いつもテレビと、糠漬けが友達なの」と口癖のように言っていたKさんの言葉を思い出す。私が大学を卒業して高齢者介護の仕事をするきっかけとなった出来事だった。
Kさんの漬物、ずっと忘れない。