私は、子どもの頃、土筆摘みが大好きだった。春休みの初日は、いつも近くの土手に行き、土筆摘みに興じていた。あの独特な形が地面から飛び出していると、うれしくて、土筆を追いかけてどこまでも歩いて行った。手提げいっぱいになるまで摘み続けた。
家では、そんな私を、祖母が首を長くして待っていた。私が摘んできた土筆を受け取ると、さっそく、はかま取りを始める。「この土筆は、よう肥えとるなあ。」とか「こんなにぎょうさん、よう採れたなあ。」と言いつつ、手は動かし続けている。そんな言葉を聞くとわたしもうれしくなり、また、たくさん採ってこよと思ったものだった。今思うと、祖母は足腰が弱り、思う存分働くことができなくなり、じくじたる思いを抱えていたのだと思う。そこへ、私が大量の土筆を持ち帰ったことで、仕事ができ、働き者の祖母は、うれしかったのだろう。笑顔で「土筆はね、採ったらすぐにはかまを取らんといかんの。後でやろうと思っとると、取れんくなるで。」と言いながら、指先を土筆の灰汁でまっ黒に染めていた。
はかま取りを終えると母の出番になる。「土筆は野生のものだから。」と言って、水を替えてよく洗う。灰汁を取るために下ゆでし、出汁で煮て卵とじにしてくれた。
夕食は、もちろん土筆の卵とじを、家族皆で囲む。卵が、土筆のほろ苦さをやわらげてくれて、私は子どもながら、土筆を食べるのも大好きだった。大仕事をやり終えた祖母も満足そうに笑顔で食べていた。
あれから数十年たち、祖母も母もいなくなり、今では私が一人で、全部している。土筆がたくさんありそうなところをリサーチし、二・三時間かけて摘み取る。家に帰ると、すぐにはかまを取る。なまけて放っておくと、茎がしんなりしてしまいうまく取れない。祖母の言った通りだ。今では祖母を見習い、家に帰るとすぐにはかま取りをしている。調理は母にまかせきりだったのではっきりしないが、舌が覚えているので、それをたよりに、みりんを入れたり、しょうゆの量を調節したりして何とか母の味を再現した。「うーん、これこれ。この味。」と、一人悦に入っている。
土筆を見ると、皆の笑顔を思い出す。何といっても一番の笑顔は祖母だが、食卓を囲み、土筆を食べている時の皆の笑顔もはっきり覚えている。
土筆は、我家に、笑顔をたくさんくれた。