「ママ、煮え花ってどんなお花？何色？」

　台所で食事の支度をしていた私に娘が急にそう尋ねてきた。ふと三十数年前に自分も祖母に同じ質問をしたことを思い出した。あのとき祖母はなんと答えてくれたかな？と思い出しているうちに私の「おいしい記憶」が甦ってきた。

　私の実家は農業を営みながら八人家族で暮らしていた。私が幼い頃、共働きの両親に代わって夕食の支度に台所に立つのは祖母だった。我が家の味噌は自家製味噌だった。味噌の入ったタッパーに味噌がなくなると味噌蔵に味噌を補充に行くことがあった。大きな味噌樽から味噌を掬って詰めて、帰り道は両手で抱えて母屋に帰った。そして、祖母はその味噌を手際よくお玉にとり、菜箸で大事に煮えた具材たちに馴染ませるように溶かしていく。すると初めは少し尖った塩辛そうな香りがして、その後にだんだん柔らかな風味のある香りがしてくる。ふいに祖母が柔らかな笑顔を浮かべて言った。

　「ほら、見てごらん。綺麗な煮え花だよ。

　私はなんのことかわからず祖母に尋ねた。

　「煮え花ってどんなお花？」

　すると祖母はコンロの火を止めて、少しいたずらっぽく笑いながらこう言った。

　「とってもおいしくなったことを知らせてくれるお花だよ。見てみる？」

　と言ってお鍋の中が良く見えるように私をひょいと抱き上げてからコンロに火を点けた。するとお鍋の端っこから盛り上がるように丸く、下から上へと味噌汁が踊るように次々に盛り上がってまるで菊の花のようだった。

　「ほんとだ。お花畑みたい。すごいね。」

　私が嬉しそうにそう言うと祖母も嬉しそうに私をそっと床に下ろしてから教えてくれた。

　「煮え花が出たら火を止める。そうすると味噌のいい香りや風味が逃げずにいい塩梅のおいしい味噌汁になるよ。覚えておいてね。」

　それから祖母の味噌汁と炊き立ての白米を家族で食卓を囲んで食べる。一口味噌汁を飲むと口いっぱいに味噌の旨味と塩気が広がりその余韻があるうちに白米を口へ運ぶ。その融合は本当に見事に「おいしい」の一言である。あれから世の中は便利になり、美味しい食べ物が手軽に買える時代になった。でも私にとっては今でも変わらずあの煮え花の魔法がかかった味噌汁と白米が一番のおいしいごちそうだと思えるのだから不思議なものだ

　そんな懐かしいおいしい記憶のことを思い出しながら私は娘にこう言った。

　「味噌汁さんが美味しくなった時に出る魔法のお花だよ。一緒に見てみる？」

　すると娘は目を輝かせて何度も頷いた。ちょうど温めていた味噌汁に煮え花が出たので娘を抱き上げて一緒にお鍋を覗き込んだ。

　「ほんとだ。たんぽぽみたいできれい！」

　と娘は笑顔で言った。私が祖母から受け継いだおいしい記憶をいつか娘も受け継いでくれたらいいなと思いながらそっと火を止めた。