「うわ~美味しい、もっともっと!」おばあちゃんの作るチヂミは外はカリッと中はモチッとする、酢醤油に絡めて食べると絶妙な味だ。幼い頃からおばあちゃんっ子だった私は会う度に「特製チヂミ作って」とせがんだ。そんな私を祖母はいつも愛おしそうに見つめてくれていた気がする。
小学五年生だった私は、ある時、学校で眉毛の形についていじられた。うっすらと左右のつながった眉毛が嫌で嫌でしょうがなくて気にしては泣いていた。母に「眉毛を整えるのは、大人になってお化粧をするようになってからよ。」と言われ、必死に前髪で眉毛を隠してたっけ。
ある日、祖母に眉毛のことを打ち明けると母には内緒で少しだけ剃ってくれた。不安げな私に「眉毛を少し整えただけで表情が明るくなったね。兄弟の中でもさくちゃんが一番可愛いよ。何ていったって初孫じゃけえね。」と言って、少し気分がよくなった私に特製チヂミを作ってくれた。イカやネギの甘味としょっぱさがちょうどいいチヂミをお腹いっぱいになるまで頬張った。私はチヂミの美味しさと祖母の愛情に心から満たされた。
それから少しして祖母は癌と診断され、入院することになった。お見舞いに行ったときに、枕元で手書きのチヂミのレシピをもらった。メモ帳に黒いペンで分量まで丁寧に書かれたレシピ。祖母は「これでいつでも食べられるね」と言ってほほ笑んだ。
三年後、祖母は亡くなった。中学二年生の遠足の日だった。出発前にクラスの列に並んでいると担任の先生に呼び出されて、急いで祖母のいる病室に走った。人の死に際に立ちあうのは初めてで泣き叫ぶ母と伯母の横で何も言えなかった。伯母は祖母の手を握りながら「この手で私たちを育ててくれたんよね。」と言った。その厚い手で祖母は母を育て、母は私を生み、育ててくれた。そして祖母の手から生み出される料理で沢山の勇気と愛情をもらったのだ。
あれから十三年。二十七歳の今、私は教鞭を執っている。容姿のことで悩んだ私をあのとき救ってくれた祖母のように多感な時期の子どもの心に寄り添いたいと思ったのがきっかけだ。幼い頃から目指してきた道だが、せわしなく過ぎる毎日にふとあのチヂミが食べたいと思うことがある。
美味しかった料理の記憶は幸福なものとして人を生かす。作り手が遠くにいってしまってもじっくり味わって食べるとその人に包まれているかのような幸せな気持ちが湧き上がってくる。祖母は私が大人になるまで生きることはできなかったけれど、記憶に残る料理を残したことで私をいつもそばで支えてくれているのだ。何かに負けそうなときやくじけそうなときはあの味を感じて、また明日を生きる元気をもらえばいい。そして私もだれかにそんな味を繋げたらいいと思う。