「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第12回

一般の部(エッセー)

キッコーマン賞
「おいしいの二乗」
濱本 祐実さん(兵庫県・60歳)
読売新聞社賞
「郷愁の『玉子かけごはん』」
酒井 公子さん(福岡県・79歳)
優秀賞
「家庭訪問の味」
久保田 明日香さん(東京都・40歳)
「母のアブラゲ(油揚げ)」
寺崎 真由美さん(富山県・56歳)
「素麺ラブストーリー」
森山 高史さん(沖縄県・72歳)
「飯台と ばあちゃんのなす炒め」
五十嵐 愛子さん(新潟県・68歳)
「たこさんと奈良漬け」
大月 ちとせさん(岡山県・57歳)
「祖母のチヂミ」
末次 桜子さん(東京都・27歳)
「日本は美味しい」
川田 芳子さん(埼玉県・71歳)
「しょっぱい塩むすび」
坂井 裕香さん(兵庫県・20歳)
「筍は我が家の妙薬」
久保 奈緒さん(和歌山県・62歳)
「真っ白い俵おにぎりとOKサイン」
助川 正一さん(京都府・50歳)

小学校低学年の部(作文)

キッコーマン賞
「手打ちうどん」
田中 恒輝さん(埼玉県・8歳)
優秀賞
「おいしい!はつたわる」
植木 快さん(東京都・7歳)
「きいろくかがやくごはん」
松井 航一郎さん(東京都・7歳)

小学校高学年の部(作文)

読売新聞社賞
「笑顔引き出すスペシャルもち」
長屋 愛実さん(岐阜県・11歳)
優秀賞
「変わらないまま」
村尾 結梨さん(愛知県・11歳)
「おばあちゃんの手作りうなぎ」
杉本 莉菜さん(岐阜県・11歳)

※年齢は応募時

第12回
■一般の部(エッセー)
優秀賞

「家庭訪問の味」 久保田 明日香 くぼた あすか さん(東京都・40歳)

 私が小学一年生の頃の家庭訪問は、放課後、生徒が先生を家まで案内する決まりだった。

 私は先生と手をつなぎ、つつじが咲く遊歩道をスキップして歩いた。先生はきれいで優しく、人気者だ。家までの距離がある分、先生を長く独り占めできる。心は大いに弾んだ。けれど、あることに気がついた。

(家にいるのがお母さんじゃなくて、お手伝いさんだって知ったら、先生はびっくりするかもしれない。)

 母を亡くしたのは、入学前。物心ついたときから母は病気で入院しており、一緒に過ごした記憶はほとんどない。幼稚園の行事には、いつも親戚の誰かが来ていた。寂しかったし、自分だけみんなと違うことが嫌だった。

 親戚ならまだしも、今日は赤の他人のお手伝いさんだ。先生がそれを知り、眉をしかめる様を想像した。先に自分で言ってしまおう。

「先生。うち、お母さんおらんの。」

 自分の放った言葉は、予想以上の強さで胸に跳ね返った。自分で自分を傷つけてしまった。

 私の足はピタリと止まり、前に動かなくなった。じんわりと涙もこみ上げてきた。

 すると、先生が明るく声をかけた。

「休憩しようか。」

 先生は、小道の脇にあるベンチにすとんと座った。カバンから小さいタッパーを取り出し、青いふたを開けた。私に差し出されたのは、丸いビスケット。二枚のビスケットの中に、イチゴジャムが挟んである。

「一緒に食べよう。」

「え、いいの?」

 先生とお菓子という意外な組み合わせにとまどいながら、受け取った。

 サクッ。香ばしいビスケットと、イチゴジャムの酸味が口の中に広がって、つばがジュワッと出た。おいしくて、二個目、三個目と平らげた。

「みんなには、ナイショだからね。」

 先生が、いたずらっぽく笑った。ビスケットをほおばる間、そこだけ別空間になった。タッパーに敷かれた花柄のナプキンや、ビスケットからはみ出たジャムの赤さ、今でも目に焼き付いている。

 父子家庭ということは、当然、先生はご存じだったはずだ。そんな私だけに、先生がビスケットタイムを設けてくれたのだと思う。

 今でも「家庭訪問」と聞くと、口の中が甘酸っぱくなる。

 大人になって何度かビスケットサンドを再現しようと思ったが、やめた。これは、寂しさを一瞬でも忘れさせてくれた、尊いお菓子だ。気軽に作ってよいものかと、ためらってしまう。

 もし作るなら、私の子供たちに作ってあげたい。同じようにタッパーに入れて、天気のよい日、公園に持っていこう。先生がくれた優しさを語り聞かせながら、ありがたく食べるのだ。

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