あれは新体操の試合の日だった。一週間くらい前から、お父さんに新体操のことを言われるのがなぜかいやだった。きんちょうしていたせいか、お父さんと上手く話せなかった。けっきょく、そのままで試合の日はおとずれた。
朝早く、五時に起きた。まだ外は真っ暗だった。でも台所だけが明るい。私は下に降りてみた。するとそこには、おにぎりをにぎっているお父さんがいた。私はこっそりと二階にもどろうとした。「おはよう、今日はがんばれよ。」お父さんの声が静かな家にそっとひびいた。私はドキッとした。気付いていないと思ったから。でもちょっとうれしかった。
――試合本番まであと一時間。一人でお昼を食べた。ふくろを開くと、中にはとても大きくて、形がくずれているおにぎりが二つ入っていた。ラップをとって一口食べた。すっかりさめてしまっていた。でも、もう一口、もう一口・・・とあっという間におにぎり一つを食べてしまった。なんだか勇気がわいてきて、自信を持てた。本番、楽しく演技ができた。ミスなく演技し切れた。試合が終わった後、もう一つ、おにぎりを食べた。さっきよりもゆっくりゆっくり、味わって食べた。つかれがふっとんで、もう一度演技ができる気がした。
「うまいか。」声のする方を見ると、お父さんが立っていた。「うん。」短い会話だった。お父さんは、帰ろうとした。私は「ありがとう、おいしかった。」と声をかけた。――お父さんは立ち止まってふり向いた。「がんばったな。」――どんなにごうかなご飯よりも、大きくて形がくずれていて、たくさんの愛情がこもったお父さんのおにぎりが一番元気がでる。私の大好きなご飯だ。