「あれ、よろしくね。」
「まかせといて。」
土曜のぼくと母の合言葉は、しばらくこれだった。母がだしてくれるものは、たまにかたかったり、やわらかかったり「あれっ」て思う時もあったけれど、すぐに口いっぱいにタレのあまさが広がり、ぼくは毎回満足していた。
そう、ぼくが世界で一番好きな食べ物は、うなぎだ。ぼくがうなぎと初めて出会ったのは小学一年生の時。母がスーパーで特売のうなぎを買ってきた。
「今日はどようのうしの日よ。」
家族はみんな、ウキウキしている。その見ためはテリッとかがやいていて、魚ではないような肉あつ感。かんだしゅん間、まるで肉のようなジューシーさ、あまいタレがすぐ、口いっぱいに広がる。ぼくはいっしゅんで、この食べ物のトリコになった。
しかし、ぼくも高学年になり、少しずつうなぎの高級さに気づいていき、同時にどようのうしの日が、土曜日ではないことも知った。それから、うなぎをねだることを一切やめた。
そんな時、ぼくは「ウナギのなぞを追って」という本に出会った。日本のうなぎは、新月のころ、日本から2000キロメートルはなれたマリアナの海で、たまごを産み、それが海流にのって、日本に長い年月をかけて運ばれる。という事実を知った。うなぎはそうぞう以上におく深く、うなぎへのきょうみが、またじわじわとわいてきた。
今、ぼくは十才になり、二分の一成人式の、ハッピーカードを書いている。好きな食べ物のらんには、まよわず「うなぎ」と書いた。それから、母にあのころのうなぎのお礼を言った。しかし、母の答えは意外だった。あれはうなぎではなく、ちくわやはんぺんをあげたものだった。母とぼくは、ワッハッハと笑った。そしてぼくは、そっとハッピーカードに「うなぎのタレ」と書きなおした。