本と関わり続けるために日本文学を----
通信教育ならではの学びがそこに
中江 有里さん
文学の本格的な学びを仕事と両立
田中 法政大学の通信教育部(通教)を卒業されたのが2013年、つい最近のことですね。演者として書き手として、忙しく活動されながら、いろいろな形で学び続けようというその姿勢に、まず驚かされます。
中江 NHK-BSの「週刊ブックレビュー」という番組のレギュラー出演を務めさせていただくなかで、自分の知識不足を感じるようになり、将来仕事をしていくうえで何を学ぶべきかを突き詰めたとき、日本文学を体系的に知ることが必要だと考えたんです。
たまたま大学の通信課程の案内が目にとまり、私は高校も通信制を卒業してその利便性がわかっていましたから、これなら仕事と両立できるかもしれないと心を決めました。
法政は、先ほどの番組に総長をはじめ多くの先生方にご出演いただいたこともあり、私にとってとても身近に感じる存在でした。それに、通信制の場合、日本文学科のあるところが実は少ないんです。
田中 確かに、法律・経済などいわゆる「役に立つ」学問が中心ですよね。ただ、私も日本文学の勉強がしたくて法政に入ったわけですが、学んでみて初めてわかったことがありました。
文学を学ぶというのは、ただ作品に触れればいいわけではない。その背景にそれとかかわる人間がいて、彼らは社会的なこと、哲学的なことなど、様々なことを考えている。文学表現はその一端に過ぎません。
中江 そう、一端なんですよね。私はこの通教で、論文の書き方をいちから教えていただき、学びの集大成として、1年以上かけて北条民雄という作家について卒論も書いたのですが、そのとき、何を勉強したとしても、求めるべきなにか絶対的なものは、結局共通だと気づきました。
そして、そこに行きつくために答を出さなければならない問題は、他人から与えられるものではなく、自身で見出すしかないのだ、と。
田中 研究もそうですが、実はそれを表現する言葉、文体に至っても、結局は他人の真似をすることはできない。個性的であろうとする前に、自分自身以外であることは不可能ですよね。
様々な人生が集うスクーリングの場
田中 法政の通教は、スクーリングの充実が理由で選ばれる場合が多いのですが、それはポイントになりましたか。
中江 はい、先生と密に接触できるチャンスだということもありますが、独学が基本の通教では、空間を共有して一緒に学んでいるという実感を持てるということがやはり貴重です。
文学部ということもあるのでしょうが、年配の方が多くて、そのなかに高校のとき一度ドロップアウトした若者がまじっていたりする。小論文をお互いに読み合ったときには、こんな小さな教室にこれだけいろんな人生が集まっているのかと感動しました。
田中 高校を出たての18歳の学生たちが集まる教室とは空気が違いますね。
中江 自分が何者なのかがある程度わかってからの学びですから、勉強したい理由はそれぞれだけれどはっきりしていて、それに対して皆さんまっすぐなんですよね。
一方で、苦手なことは初対面でも助け合ったり、自分が何者でもなかったあの学生時代のような人間関係も自然に築ける。
田中 強制された勉強ではないので楽しいし、時間を調整して参加するため集中力もあるでしょう。
中江 もちろん大変なこともあります。締め切りギリギリのレポートを手に走りながら、そんなことをまじめにやっている自分を、我ながらすごいと思ったり(笑)。
田中 私も通教を受けたくなってきました(笑)。
日本の大学は、海外に比べて年齢の高い学生が少ない。これははっきり数字に表れていて、私は問題だと思っています。
もっといろいろな年代の人に、気軽にキャンパスに来てほしい。そのために、多様な働き方に合わせられる仕組みを作れれば理想的なのですが、通教はその受け皿のひとつにはなっているようですね。
中江 それでも、貴重なスクーリングの開講期間に、その3分の1しか休みがとれないというような方も多い。学びたい人がもっと周りの理解を得られるような職場環境が、日本にも増えてほしいと思います。
「役に立つ」読書は本物じゃない
田中 中江さんは読書家として知られていて、本にかかわるお仕事も多いですよね。
中江 『週刊ブックレビュー』は残念ながら終了しましたが、おかげさまで同様の企画がテレビで続いていますし、書評や読書にまつわるエッセイの連載、そして読売新聞が立ち上げた「活字文化推進会議」のサポーター委員など、おかげさまで幅広く活動させていただいています。
いろいろな娯楽が氾濫するなかで、本は根強いけれども押され気味であることはたしか。応援の声をあげていくことは必要だと思うんです。
田中 それはとても大切です。私ももちろん本が好きで、学校へ行くより本を読んでいたい子供でしたけれど、生まれたときにテレビがなかった私たちの世代と後の世代とでは、同じ本好きでも読書に対する感性が違うんですよね。だから、中江さんのような方に本の魅力を語っていただかないと、若い人たちには引き継がれていかない。
中江 最近はとくに、この本はこれこれの役に立つというような形で紹介されることが多いですよね。でも本来、読書というのはその対極にあるような気がします。
今読んでおけば、いつ芽が出たり花が咲いたりするかもしれない、でもそれがいつかはわからない。反対に、ふと読んだ本がずっと昔に悩んでいたことの答を教えてくれるということもある。
私は、仕事や大学の勉強の中で、自分では絶対手に取らないような本を、なかば義務のようにずいぶん読んできました。でも、それは今の私の中に、とてもいい経験として残っています。
田中 私が大学の仕組みを作る仕事をしていくときに、小説を読むことは意味がないかというと、そんなことはない。言葉の力はすべての発想の土台ですから、いろんな観点で柔軟に考えることにつながる。そして、柔軟性がなければ、新しい時代には対応できませんからね。
中江 最近は小説も出させていただき、作りこんで書くことの楽しさも苦しみも知りました。書き手として読み手として、両者をうまくつなぐ仕事がしていければいいなと思っています。
田中 大学生にも、ぜひ本を読む生活の豊かさを伝えてください。ありがとうございました。
- 女優・作家 中江 有里(なかえ ゆり)
1973年大阪府生まれ。2013年法政大学通信教育部日本文学科卒
89年芸能界デビュー。数多くのTVドラマ、映画に出演。2002年「納豆ウドン」で第23回「BKラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞を受賞し、脚本家デビュー。
NHK BS2「週刊ブックレビュー」で長年司会を務めた。著書に『結婚写真』(小学館文庫)、『ティンホイッスル』(角川書店)、『ホンのひととき 終わらない読書』(毎日新聞社)。
現在、NHK「ひるまえほっと」“中江有里のブックレビュー“に出演、フジテレビ系「とくダネ!」にコメンテーターとして出演中。
NHK Eテレ 高校講座『国語表現』のMCを務める。「東京新聞」「北海道新聞」に読書エッセイを連載中。読書をテーマに講演も行う。「信濃毎日新聞」書評委員。