課題に直面しているあらゆる人に役立つ
社会資源の「情報プラットフォーム」を立ち上げたい
南光 開斗さん
「ヤングケアラー」として過ごした小中学生時代
廣瀬 本日は、現代福祉学部福祉コミュニティ学科1年生で、「ヤング・ダボス」とも呼ばれる次世代サミット「One Young World Summit 2023」に日本代表として参加された南光開斗さんをお招きしました。最初に現在の活動につながっている、幼い頃からの「ヤングケアラー」としての経験を通じて感じられたことからお話いただけますか。
南光 小学生の時に母が突然ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されました。ALSは全身の筋肉が動かなくなっていく病気ですので、当時はヤングケアラーという自覚もなく、できないことが増えていく母の生活のサポートや身体的介助で一日一日が精一杯でした。そのなかで最も苦労したのはコミュニケーション支援でした。ALSは次第に目も動かせなくなり、意識はあるのに、コミュニケーションがまったく取れない状態になる人もいます。だからこそ母の意思を尊重した介護がしたいと、母の指先がまだ少し動く段階でボタン式コンピューターを使って意思を聞いたりしましたが、例えば「頭が痒いから薬を塗って」という内容の一部を読み取るだけで3時間かかるようなことが日々ありました。加えて、精神的ケアも大変でした。ALSの副症状で感情が高ぶったり抑制しづらくなる母もつらいでしょうし、ケアする側もストレスがたまります。常に気を張り、時々感情が爆発してしまう父や兄のケアも必要でした。
廣瀬 ALSはそれぞれの段階で必要なケアも変わりますが、良い方向に変わることは厳しいといわれる病気です。そんななかで外からのサポートは得られていましたか。
南光 情報が入ってきづらい地方に住んでいたこともあり、親戚や地域の知り合いからの支援がほとんどで、社会資源は活用できませんでした。
廣瀬 地域による支援環境の違いはかなりありますね。今になって「あの時こういうアクションを起こせばよかった」と気づかれたことはありますか。
南光 たくさんあります。ケアの責任は子どもも同じなのに、様々な手続きは大人がするため、私には実際に使える社会資源の情報が何もつかめていませんでした。また、インターネット上に社会資源の情報がまとまっていなかったのもその要因です。例えば、ALS患者に欠かせない視線入力装置や、患者が話せなくなる前に声をAIで合成して保存しておく音声合成サービスなどは、母が使えなくなる状況になるまで存在に気づけなかったんです。社会資源があるのに、情報が回ってこないというだけで諦めざるを得なかったのは大きな問題だったと感じています。
廣瀬 そのような環境のなか、学校に行けなかった時期があったそうですね。
南光 多くの不登校の人が抱えていると言われる起立性調節障害になりました。自律神経が乱れる病気で、朝起きられないだけでなくずっと寝ているので身体がますます弱くなり、学校に行けない状態が中学生の間続きました。高校進学の際、背伸びをして偏差値の高い高校に行くよりも、少人数で柔軟に学べる高校を選んだことで体調が改善していきました。先生が生徒のペースに合わせて熱心に教えて下さり、個々の家庭の状況も理解して下さる温かい高校でした。学習のペースも自由で、頑張れる時は勉強し、体がつらい時はゆっくりしているうちに、抑圧されていた要因が取り除かれたのでしょう。体と心が自由になっていきました。
廣瀬 集団主義的な規律や圧力のもとに身を置いて、一緒に努力することで成長するという側面も学校教育のひとつの要素としてありますが、学校外の環境や心身の状態は個々に違いますから、それだけだとそこに適応できず、心理的なキャパシティを超えてしまうこともある。高校進学でとても良い環境に巡り合えたのだと感じました。
学生がイノベーションを起こせる「場」を作る
廣瀬 大学進学にあたって、法政大学の現代福祉学部福祉コミュニティ学科をどのようなきっかけで志望されたのでしょうか。
南光 高校は小さい町にあり、地域とも密着していたのですが、高校の生徒会長として地域と関わっている時に、地域の魅力を生かすことでコロナ禍の空気を変えたいと、高校3年生のときに映画祭を開催しました。地域の企業にも協力いただき、住民の方も300人くらい集まってくれました。これを機に地域の未来会議などにも関わるようになり、地域づくりに可能性を感じました。地域の人たちと関わって、そのつながりの中で、どうやってそこに住む人が幸せになるか、いろいろな角度で取り組んでいく。ヤングケアラーだったり不登校だった自分の過去と照らしても、地域づくりの考え方は人々のウェルビーイングに対して非常に重要なのではないかと思い、まずは地域づくりを学びたいと考えました。同時に、より直接的にウェルビーイングにつながる福祉の視点も欲しいと感じ、その両方が同時に学べるこの学部に行くしかないと思い選びました。
高校時代に地域で開催した屋内外映画祭
廣瀬 確かに都市計画としてまちづくりを学べる大学は全国に多数あるけれども、都市計画の専門家もいれば福祉の専門家もいて、ウェルビーイングをトータルにデザインする観点は現代福祉学部のユニークな特徴ですし、都市から農村までカバーしてウェルビーイングを研究している場はなかなか他にはないと思います。実際に1年間学んでみていかがでしたか。
南光 入学前に期待していた通り、現場を大事にしている先生方の授業が面白く、こんなに恵まれている環境はないと満足しています。ソーシャルワーカーとして活躍されている髙良麻子先生の「社会問題論」や、社会起業家の方々から直接お話が聞ける土肥将敦先生の「コミュニティビジネス論」は大好きな授業です。
廣瀬 課外活動では「ホーセーイノベーションクラブ」に参加されているそうですね。ここは2020年のコロナ禍に入学した学生が立ち上げた団体で、閑散とした多摩キャンパスの現状に直面し、環境のせいにするのではなく、自分たちがイノベーションを起こして大学生活を面白くしなければ、と思い立った何人かがスタートして広がったと聞きました。2022年度の「自由を生き抜く実践知大賞」(※注)を受賞しています。
(※注 法政大学憲章「自由を生き抜く実践知」の精神を体現した、学生・教職員による「法政らしい」活動に対して表彰する制度。2017年度から始まり、今年度(2023年度)に7回目を実施。)
南光 私も、街から距離がある多摩キャンパスでは友人と何か行動を起こすことが難しいと感じていたところ、ホーセーイノベーションクラブの活動が授業で紹介され、自分のスキルアップにもつながるのではと思い参加しました。今はチームごとに活動していて、チームファッションならショーをやったり、チームエシカルならエシカルフードを作ったりしていますが、私の所属するチームサーキュレーションでは、学生がフラットに集まってイノベーションを起こせる「場」を作る活動をしています。イノベーションに興味もない学生でも、その場にいることで何かやってみたいとかと思える場所というイメージです。先日は屋外でスクリーンを張り「自分の夢を見つめ直すための野外上映会」を行い、その後にクリスマスツリーに夢を書いて誓うというイベントを開催しました。
廣瀬 上映を観るだけでなく、観たことを受けてアクションを起こさせるアイデアが良いですね。
南光 この活動に加えて、多摩地域の社会課題の解決を目指す「法政大学ソーシャル・イノベーションセンター(SIC)」にも関わっていて、協働での取り組みも増えています。
廣瀬 多摩キャンパスの環境は日本の郊外が抱える課題の先進地であり、何かイノベーションを起こして新しい暮らし方や経済の回し方を考えないと続かない地域でもある。これは日本の学問にとってもイノベーションになると先生方が検討していくなかでSICが作られ、学生が立ち上げたホーセーイノベーションクラブと必然的にマッチングしました。そこに1年生の南光さんが2つの組織に飛び込んだのは非常にいい巡り合わせだと感じます。
スモールスタートでも良いからとにかく動くこと
廣瀬 「One Young World Summit 2023」にはどのような経緯で参加されたのでしょうか。
南光 「One Young World Summit」への参加は、中学生からの夢でした。ヤングケアラーや不登校の経験もあり、将来は社会貢献に関わる非営利団体で仕事がしたいと思い、そうした団体を束ねるプラットフォームを作れば社会にとって大きなインパクトとなると考えました。既にそういうものはあるのかと、Googleで「非営利」「祭り」のようなキーワードで調べたところ、One Young Worldが出てきました。すでにやっていたのかと悔しかったのですが、よく調べると規模も大きく大変意義のあるもので、将来自分で活動するならここで多くの人たちとつながることは絶対必要だと思いました。昨年、幸運にも日本代表に選ばれて北アイルランドのベルファストに行き、190カ国以上から代表として選ばれた3,000人の方々とふれあい、将来のモチベーションが高まりました。
「One Young World 2023 Belfast Summit 」オープニングセレモニー
廣瀬 選考プロセスはどのようなものでしたか。
南光 私は株式会社アミューズが渡航費と参加費を負担して下さる奨学金枠での応募でした。18歳以上で、英語力の要件もありますがそんなに厳しくありません。これまでの社会的活動の実績と将来の構想を提出すると、まず書類選考やビデオ選考があり、その後に最終選考に進むという流れです。私は社会資源の情報プラットフォーム実現に向けた決意と世界の幅広い情報やアプローチ、深い洞察を得たいという思いを伝えて書類選考を突破しました。
廣瀬 その情報プラットフォームの構想は具体的にはどのようなものですか。
南光 一言で言うと、社会資源の総合データベースサイトです。社会資源は公的なものから民間のものもあり、プロダクトやテクノロジーもあれば、オンラインコミュニティもある。ロールモデルや同じ課題を持つ当事者の人の話も含めれば、その幅は本当に広い。そうしたあらゆる種類の社会資源の情報を一つにまとめたいと考えています。違う領域でも実は応用できる部分もあるので、課題に直面した人がサイトを見るだけで役立つ資源につながることができる場を作ろうと思っています。
廣瀬 特定の課題に限定しない点が特徴ですね。そのように情報を横に広げることの価値に気づいたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
南光 かつて私はALS関連の社会資源の情報を集めようとしても、知っていれば有意義だったはずのヤングケアラーのオンラインコミュニティには出会えませんでした。適切な情報と出会うことも運に頼らざるを得なかった経験もあり、社会資源の情報においてはトピックに関係なく集めることが有効だと考えました。また、福祉資源ではないものが役に立つこともある。例えば母の介助ではバナナ型スクイーズという柔らかい玩具が大変役に立ちました。母が親指しか動かせなくなった時、自分の意思を伝えるときにボタン式のコンピューターを使っていましたが、そのボタンが押しづらい。ところがスクイーズの先端にボタンを付けると、その大きさと柔らかさが手にフィットしてボタンが押しやすくなった。こうした視点も必要なのではと思います。
廣瀬 なるほど。掘り下げていく探し方だけではかえって見つからないし、南光さんも偶然気付いたのだと思いますが、気付くことができたのは幸運な偶然だったわけですね。多くの人はその偶然に出会わないで終わってしまう。そういった状況を変えていきたいということなのでしょうね。
「One Young World Student Pitch 2022」にて優勝
廣瀬 さて、サミットに参加して、こんな人に出会えて大きかった、というのはありますか。
南光 北アイルランドでメンタルヘルスの課題に取り組む、マシュー・テイラーさんのスピーチにあった「スモールスタートでも良いからとにかく動くことが大事」という話は大変参考になりました。大学院に通いながら学業・研究と両立させて行政に影響を与えている姿に刺激を受け、勇気を与えてくれました。他にロンドンに住む台湾出身の方で、年齢も近く友人となったのですが、他の国と日本の違いを色々教えてくれました。彼曰く、日本は少子高齢化が進み現状を変えなくてはいけないのに変化を嫌っている。「現状を改善させたいのなら変化を生まないと良くなることはない」という言葉が胸に響きました。彼らに刺激を受け、まずは多摩キャンパスの中でも変化を起こしたい、アクションを起こしたいと思うようになりました。
廣瀬 今は大学1年生が終わろうとしているところで、大学卒業まではあと3年あります。大学生のうちにどんなことをやっていきたいですか。
南光 まずは情報プラットフォームを形にしていく。いくつか実証実験を重ねながら、誰かに役に立っていただける段階まで持っていきたいです。直近の目標では、法政大学に入ったからには来年度の「自由を生き抜く実践知大賞」を取りたいと思っています。日々自分がやるべきことを追求していった先にそういう賞がもらえるよう努力していきたいです。
廣瀬 南光さんのような学生が法政大学にいて、その人が実践知大賞を目標にしてくれているというのはとても嬉しいし、これから楽しみです。
さて、南光さんと一緒に活動している仲間もいれば、なかなか活動的ではなく自分の目標を決めずにレールの上で流されていく人もいます。大学も単位を取るだけの目的ならば、要領の良いやり方もあるでしょう。そういった過ごし方をする周りの同年代の人たちや、これから大学に入学してくる少し下の世代に何かメッセージはありますか。
南光 今に流されていくと、時間はすぐに進んでいきます。それが後悔のない未来につながっていくのか、必ずしもそうでないと思います。自分の価値観、自分の軸、今と将来にわたって何を大事にしていきたいのか、そこにきちんと向き合うことをした方がいいと思います。その上で後悔しない選択、今やりたいことは何か、そこに向き合うことが大事だと思います。
廣瀬 本日はありがとうございました。
南光 ありがとうございました。
- 現代福祉学部福祉コミュニティ学科1年 南光 開斗(なんこう かいと)
2004年生まれ。兵庫県出身。小学生の頃から難病の母親の介護を経験する。兵庫県立高校卒業後、2023年法政大学入学。現代福祉学部に在籍し、まちづくりや福祉などを学ぶ傍ら、法政大学ソーシャル・イノベーションセンター(SIC)に学生スタッフとして参加。この他、プラットフォーム「Infora」の開発など、学内外で精力的に社会課題解決に向けた活動を行う。
2023年8月、「One Young World Japan スチューデントピッチ2023」で優勝。同年10月、北アイルランド・ベルファストで開催された「One Young World Summit 2023」に日本代表として参加。