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「宇宙が好き!」という気持ちを原動力に
自分の可能性を広げていきたい

小林寧々さん小林寧々さん

科学の力でいろいろな国の人と繋がれる

廣瀬 本日は法政大学大学院理工学研究科機械工学専攻の小林寧々さんをお迎えしました。小林さんは法政女子高等学校(現 法政国際高等学校)在学時から宇宙に関心を持ち、国内外の様々な活動に参加され、現在は大学院に在籍しながら連携機関であるJAXAで研究されています。宇宙に関心を持たれたのは何かきっかけがあったのでしょうか。

小林 高校生の時に漫画の『宇宙兄弟』を読み、それをきっかけに「宇宙って面白い!」と思い、JAXAのウェブサイトをチェックするようになりました。そこで募集されていた高校生向けの体験学習プログラム「君が作る宇宙ミッション」や「種子島スペーススクール」に参加し、本格的に宇宙を仕事にしたいと思うようになりました。

廣瀬 高校2年時に参加された「君が作る宇宙ミッション」で「火星移住を見据えたアンチレゴリスシステム」というレポートを書かれました。このレゴリスとは何ですか。

小林 月や火星にある砂のような物質です。例えば地球にある砂はさまざまな過程で削られ丸みを帯びているのですが、レゴリスは宇宙空間でほとんど削られないため粒子の表面が磨耗しておらず、鋭利なものが多いのが特徴です。鋭利なことに加え、とても小さいため人体や機械に影響を及ぼすと考えられています。実際に、アポロ17号で月に行った宇宙飛行士が月で花粉症のような症状を発症したり、アポロ計画で月を歩いた宇宙飛行士の肺を調べたら、全員の肺の中からレゴリスが見つかったと言う報告もありました。

廣瀬 同じ砂のような物質でも宇宙と地球では異なるのですね。それで具体的にどのような提案をされたのですか?

小林 アポロ時代に利用されていた宇宙服は繊維素材だったので、レゴリスが宇宙服に付着した場合、繊維の隙間に入り込んだレゴリスの除去が難しく、着脱の際に宇宙飛行士が吸い込んでしまう危険性がありました。そこで、今後の有人宇宙開発には本格的なレゴリス対策が必要と考え、逆にレゴリスをくっつけて離さない素材を宇宙服に使用する方法でアプローチしました。

廣瀬 人がその空間で安全に生きていくためにはどうするかという身近な生活課題を考えたわけですね。お話を聞いていて、小学生の時にアポロが月に着陸し、宇宙飛行士がふわっと舞い上がる光景を夢中で見ていたことを思い出しました。実際にチームで研究に取り組まれていかがでしたか。

小林 宇宙は思った以上に人体への課題が多いと知り、有人宇宙開発の難しさを実感しました。この共同研究ではチーム全員が初対面でしたが、宇宙好き同士通じ合うものがあり、5日間の議論を通じて今でも連絡を取り合うくらいの仲間になれました。高校では宇宙が好きな友達に出会えなかったので、全国に私と同じ宇宙好きがいると知って嬉しかったです。

廣瀬 外に飛び出してみると同じ関心を持つ人に出会えると気づけたのですね。高校3年生の時はアジア各国からインドに220 名もの科学好きの生徒が集まった「アジアサイエンスキャンプ」に参加され、世界トップレベルの研究者の講義を受けたほか、各国の生徒とディスカッションやプレゼンテーションを行うなど貴重な経験をされたそうですね。

小林 ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章さんをはじめとした世界各国のトップレベルの研究者の方と自由にディスカッションできる本当に夢のような日々でした。また、ネパール人、マレーシア人、インド人、カンボジア人、日本人という構成のチームメンバーとの議論を通じて、各国からの参加者たちが非常に賢く語学も達者だったので衝撃を受けました。私は英語が上手ではなかったのですが、科学の話であれば拙い英語力でも盛り上がることができたことで、科学の力でいろいろな国の人と繋がれると実感できました。

廣瀬 国全体の経済力や進学率は日本より低くても、質の高い教育を受けられる経済力のある人は、日本で教育を受けている人よりも高度な教育を受けていたり、大学教育を受けるためには英語ができて当たり前という社会だから語学力も高い。平均値だけではそういう実態を捉えられないのですね。そんな若者たちに実際に会ってみて、その後の学びに影響はありましたか。

小林 宇宙開発は多くの国で協力し合う分野であると同時に、競い合う分野でもあります。「アジアサイエンスキャンプ」で出会ったような仲間と協力し合えたら心強いと思うと同時に、日本人として負けたくない気持ちも芽生えたので、私ももっと勉強しなくてはとモチベーションが上がりました。

廣瀬 ライバルでもありパートナーでもある関係ですね。

小林 少し前に、このキャンプで知り合ったインドの友人から、ISRO(インド宇宙研究機関)のインターンになったと連絡がきました。私も負けていられないな、と。

廣瀬 これから国際学会などで当時の仲間に会える機会があると良いですね。

小林 是非会いたいです。

宇宙は制約条件が多いから面白い

廣瀬 大学は理工学部機械工学科に進学しましたが、いつごろ決めましたか。

小林 理系の学部に行くことは決めていたのですが、理学か工学かでギリギリまで迷いました。JAXAの種子島宇宙センターで小さいモデルロケットを打ち上げる機会があり、小さいながらロケットが飛んだことに感激しました。その後ハイブリッドロケットを打ち上げる経験などを通じて、「私は工学の方が好きかも」と考えるようになり機械工学科を選びました。

廣瀬 現物のもので結果を出すことに関心が高いのですね。どんな研究室に入りましたか。

小林 人間支援ロボット研究室です。1年生の時からハイブリッドロケットを作るサークルに所属して電気的な部分を担当していたので、研究室もその延長線上のものを学びたいと思いました。研究室ではドローンの画像処理を使った追従制御に取り組みました。途中、NASAで火星ヘリコプター「インジェニュイティ」が開発されていることを知り、自分の研究は宇宙開発にも応用できるかもと思い、ますます興味を持つようになりました。先日の火星での初飛行の中継は本当に興奮しました。

廣瀬 素人としては、火星のような大気が薄い場所で飛ぶのかと不思議です。

小林 不思議ですよね。私も驚きました。私は卒業研究でソフトウエアの面からドローンの機体を軽くする方法があれば将来的に役立つのではということを考えていました。この研究のポイントは画像処理だけでドローンを飛ばすという点で、現状のドローンでは様々な箇所にセンサーを積んでいますが、センサー自体を減らすことで機体が軽くなりコスト削減にもなります。そういったアプローチは今後ますます大切になってくるかもしれないですね。

廣瀬 車の自動運転と近い技術ですか。

小林 追従の技術は似ています。ただ、車は多少重くても走れますが、ドローンでは重さの制約があります。

廣瀬 なるほど。制約条件の中でどうやるかというのが工学的に大事だし面白い。

小林 はい。特に宇宙には制約条件が多いから面白いです。

廣瀬 東京理科大学のプログラムも参加されていますね。

小林 1年生の時に幅広い領域を網羅する理科大のプログラムに参加することで、実は大学入学後もまだ迷っていた理学をやるか工学をやるかをはっきり固めたいという思いで参加しました。模擬人工衛星や無重力実験のプログラムを経験し、工学はやはり楽しい、間違いなかったと確信しました。

廣瀬 4年生の時には、アミュラポという企業にインターン生として参加し、ビジネスコンテスト「Tokyo Moonshot Challenge」で優秀賞を受賞されました。その経緯を教えてください。

小林 SPACETIDEと言う宇宙ビジネスカンファレンスで受付のアルバイトをしていたところ、アミュラポの社長と出会い、「AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などを使って宇宙を身近に感じてもらう取り組みをしている」と伺いました。私も「遠い存在だと思われている宇宙のイメージを変えていきたい」と思っていたので共感したんです。同時に、私は以前からプログラミングに興味を持っていて中高生にも教えるアルバイトを続けていたので、そこに自分の技術が活かせるかもしれないとの思いもあり、インターンとして関わらせていただくことになりました。

廣瀬 受賞された「星みくじ」について教えてください。

小林 「星みくじ」は、衛星から撮った夜の画像を使って星が見やすい場所を割り出してユーザーに届けるウェブサービスです。密を避けなければいけないコロナ禍においてアウトドアや星空に関する需要が増えると考えました。

フォト
~「星みくじ」の画面例~
写真をクリックいただけるとサイトがご覧になれます。

廣瀬 地上であまり光が発せられていない場所を見つけるのがポイントなわけですね。

小林 そうです。そこに、雲や地形のデータを重ね合わせ、「この時間にこの場所だったら見える」と割り出すわけです。

廣瀬 昔、ハレー彗星の接近時に小学生だった子どもを連れて野辺山の天文台に行ったことを思い出しました。残念ながら彗星は見えませんでしたが、信州の夜空は綺麗でした。衛星のデータはリアルタイムに近いんですか。

小林 今使用している夜間光データは少し前のものですが、今後時間的解像度も上がってリアルタイムに近くなると思います。普段行かない場所に行くことにもなるので、いろいろな場所を訪ねるきっかけになればと思いますし、将来的には地域の活性化につながる形で地元の事業者とも連携できたらいいなと考えています。

数学が苦手でも理系の道を閉ざさない方がいい

廣瀬 今の中高生の中には数学や物理が苦手だと理系を避けてしまう子も多いですよね。理系の面白さをどう伝えたらいいでしょうか。

小林 理系で扱うテクノロジーは身近なところに溢れています。例えば、冷蔵庫は何も知らないで使うと魔法みたいですが、少し勉強すると「あ、そういう仕組みなのか」とわかります。そうすると、いろいろなことが面白く見えてきます。私が理系でよかったと思うのがそこです。また、宇宙や深海など「私たちが行ったことがない場所」に連れて行ってくれるのも理系の面白さだと思います。実は私も数学が苦手で高校の先生から理系に行ったら苦労すると言われましたが、宇宙が好きという気持ちが一貫してあったので頑張れました。得意不得意で進路を決めるのではなく、自分が面白いと思える方向に進んだ方が良いと思います。

廣瀬 工学部の数学は道具として割り切って使うから怖がることはないかもしれません。逆に数学が好きな人が工学部に行くと使うのがいつも同じ数式ばかりでつまらないと案外がっかりしたりします。

小林 確かにそうです。もちろん理論はとても大切ですが、理論を完璧に理解していなくても、ものづくりはできるので割り切ってしまえば怖くないかもしれません。私自身、学部1年生の時にサークルでロケットの燃焼器設計に取り組んだ際、数式の意味が理解できずに苦しみましたが、設計を進めるにつれてだんだんと式の意味が理解できるようになりました。数学が苦手でも理系の道を閉ざさないで欲しいと思います。

廣瀬 今後の進路はどうお考えですか?

小林 衛星やロケット、探査機を作るため、宇宙開発に関わる企業への就職を希望しています。自分の作ったものが実際に宇宙に行くところを見てみたいです。その一方で、星みくじのように、宇宙開発で得た技術を社会に還元していく活動にも興味があります。

廣瀬 『下町ロケット』を思い出しますね。私の高校の後輩が東大阪市で中小企業が衛星を作るプロジェクトに参加していました。

小林 かっこいいですね。私も下町ロケット見ていました。今は中小企業や大学が人工衛星を打ち上げる時代ですし、宇宙開発がどんどん身近な存在になっていますよね。

廣瀬 博士課程への進学は考えていますか。

小林 今は早く現場に行きたい気持ちの方が大きいです。

廣瀬 経験を積んでから博士後期課程に進む道もあります。JAXAには博士号を持っている人も多いでしょう。

小林 JAXAには働きながら社会人ドクターをとる方もいるようです。女性は結婚、出産、育児の時期があるので考えることが多いですね。

廣瀬 子どもを産み育てる時期と研究者として伸びていく時期が重なると言われています。大学としても、ライフ・ステージごとのワークライフバランスに対応できる制度を整えていくことは課題です。法政大学でも物理学など理系の分野にも女性の教授がいます。大学教員の仕事というのは、分野にもよりますが、若い頃は自分の研究に力を入れ、歳を重ねてからは学内外の組織運営に携わることで自分自身をこえて「みんなの研究教育環境」を整備することに時間を使うという年代ごとの役割の変化があります。その各ステージで女性も力を発揮しやすい環境を整えることが、大学全体としての力を高めることになると考えています。

小林 年代によって活躍の仕方も変化していくのですね。

廣瀬 今年は進路選択で迷う学年だと思いますが、それは可能性の幅が広いからこそ迷うことができるということでもあるので、まずは迷うことを楽しんでください。そして選択を重ねる度に選び取った場所を楽しみながら、なんらかの道で宇宙に近づいていってもらえたらと思っています。本日はありがとうございました。


法政大学大学院理工学研究科機械工学専攻 小林寧々(こばやし ねね)

1998年神奈川県出身。法政女子高等学校卒業後、2017年法政大学理工学部機械工学科入学。学部在学中は人間支援ロボット研究室に所属。現在は、法政大学大学院に籍をおきながらJAXAで研究。高校2年時に「君が作る宇宙ミッション」や「種子島スペーススクール」、高校3年時に「アジアサイエンスキャンプ」に参加。大学4年次にビジネスコンテスト「Tokyo Moonshot Challenge」で優秀賞を受賞。