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アナウンサー時代に大学院入学を決意
学びの場で得た"思考法"が今の充実感に
フリーアナウンサー 八塩 圭子 2004年/大学院社会科学研究科経営学専攻 マーケティングコース 修士課程修了(MBA経営学修士)

八塩圭子さん八塩圭子さん

アウトプットする側からインプットする側へ

実は私はアナウンサーとしてテレビ東京に入社したのではありません。最初の配属先は報道局経済部の記者。駆け出しの記者として取材をしたり原稿を書いたりという毎日でした。一日も早く一人前の記者になることをめざし奮闘努力していたところ、たった一年でアナウンス室への異動が決まったのです。その時は「もっと記者の仕事をやりたかった」という思いと「人が書いた原稿を読むのは退屈だろうな」という思いが交錯し、自分がアナウンサーという仕事をすることに対してネガティブな感覚もありました。でも、実際にアナウンサーという立場に立ってみると、そんな感覚は一瞬で吹き飛びました。視聴者の皆さまにきちんと伝わるように原稿を読む。そのことの難しさ、奥深さを痛感したからです。もちろん、その後は心を入れ替えて、前向きな気持ちでアナウンサーとしてゼロから努力していきました。

アナウンサーの仕事は情報をアウトプットする側。そのアウトプットの仕事を何年も重ねていくうちに、いつしか自分の中に何かをインプットする必要性を感じ始めていきました。そんな思いを強くしたのは、経済番組を担当していたことが大きかったかもしれません。当時、番組の中で多くの経済用語を口にしながら、それら正確な中身についての知識がほとんどなかった自分に対して「果たしてこれでいいのか」という忸怩(じくじ)たる思いがありました。例えば、「マーケティング」という言葉を口にしていても、マーケティングの本当の意味を理解しているわけではない。口先だけの仕事でいいのかと、心の中で何度も自問自答しました。そんなときに、番組にゲストに来てくださったブランドマーケティングの専門家であり当時法政大学大学院社会科学研究科教授であった田中洋先生との出会いがあり、「大学院に入って本格的に勉強したい!」という気持ちが高まっていきました。

「こんなに面白い世界があるのか!」と、雷に打たれたような衝撃

田中洋先生からマーケティングにおける"ブランド"という概念について教えていただいた時に、「こんなに面白い世界があるのか!」と、雷に打たれたような衝撃を受けました。"ブランド"というものは商品だったり企業だったりサービスだったり人だったり、ある意味で形の見えないものでもあるわけですが、その無形のものが世の中に価値を生み出していく。そのことが、私にとってすごく魅力的に見えたんです。例えば、コップ一つをとっても、ただのコップと考えたら一つの商品に過ぎませんが、「お茶を入れて楽しむ時間を提供するもの」という見方をしてみると、全体の見方がかわってきますよね。マーケティングというものは、学問ではなく"思考法"。そんな考え方を知り、目の前にパッと面白い世界が開けた感覚がしました。

八塩 圭子

世の中に対してどれだけの価値を提供できるのか。その視点を追求する"ブランドマーケティング"という考え方は、今でも私の根幹を成していると感じています。今の世の中は、経済効果という視点ばかりがクローズアップされている気がします。でも、どのような価値が提供されるかという視点で考えてみて初めて見えてくるものもある。この商品やサービス、あるいはイベントによってどういう価値が生み出されて、人々の心にどういう記憶が残るのか。そう考える方が経済効果を計算するよりもずっと楽しいですよね。現在、私はいくつかの媒体でマーケティングに関する原稿の連載もしていますが、こうした「価値」というフィルターを通じて世の中を見ることの面白さを多くの方と共感したいと思っています。

多様性が学びの場で機能することを実感

仕事を通じて得たい知識が見えてくる。あるいは、私のように仕事をしてから自分がいかに足りないか痛感し、心から勉強したいという気持ちが芽生えてくる。そんな人にとって、社会人大学院はとても魅力的な存在です。私は田中先生の勧めもあり、先生が教鞭をとられていた法政大学大学院社会科学研究科の受験を決意しました。

試験の内容は英語と面接と研究計画書。一次試験にあった英語はかなりギリギリで通過し、その後の面接では「さすがに職業柄ここで落ちるわけにはいかない......」とがんばった結果、なんとか合格できました。研究テーマが「テレビの視聴行動」だったこともあり、面白いと思ってもらえたのかもしれません。

実際に入学してみて、法政大学の大学院は今さかんに言われているダイバーシティの概念を先取りしているようなところがあり、いろいろな業界の人、いろいろな年齢層の人が集まった実に多様性に富んだ魅力的な環境でした。実は、この多様性ということが学びの場で上手く機能することも実感しました。専攻がマーケティングコースということもあり、多くの学生は「仕事の中で抱いてきた疑問を明かしたい」との思いで、これまでのキャリアの中から出てきたテーマで発表します。発表を聞く学生もそれぞれが違う業界やキャリアのバックグラウンドを持っているので、それに対して一歩離れた違う視点からの考え方が提供できるんです。「私の業界ではそんな考えでは通用しない」「この成功事例に学んだら、もっと良くなるのでは」といった経験に裏打ちされた意見が飛び交う、まさに「学び合い、教え合う」空間でした。私もテレビ業界に関する発表をするなかで、他の業界から見たらおかしなことが多いことに気づかされましたね。大学院では、教科書的な理論を得たことよりも、同期とのネットワークのなかでお互いを刺激し合った経験が一番の財産だと思います。

このマーケティングコースの10人前後の仲間とはいまだによく集まっています。修了後の道はそれぞれでしたが、やはり独立して起業した人は多いですね。大学院で学んだことが修了後の仕事に直接影響するのではなく、それぞれの仲間にとって大学院というものが一つの転機になったことは確かだと思います。

すべての第一歩はコミュニケーションである

八塩 圭子

私も大学院修了後に、テレビ東京を退社。その後は、フリーランスのアナウンサーとして活動するほか、関西学院大学、学習院大学などの大学でマーケティングを教える教員の仕事もするようになりました。

アナウンサーは一応、事前に台本を渡されたりしますが、大学教員は資料の準備や台本まですべて一人でやらなくてはいけない。当初は、90分の番組を一人で作り上げるのと同じことだと思い、気が遠くなりました。でも、学生と触れ合っているのはとても楽しいですし、教え子がテレビ業界に入ってきてくれるのもうれしい。学生にテレビ局の見学ツアーや就活のアドバイスなど、私の経験から提供できることはできるだけ提供したいと考えています。

近年、多くの教育の現場ではグローバルに通用する人材育成に力を入れていますが、私の授業では、すべての第一歩はコミュニケーションであるという考えのもと、プレゼンテーションに力を入れています。今の学生は、自分の考えをまとめて相手に伝わるように伝えるのが実はとても苦手。今までの学校教育で経験していないからでしょう。でも、最初は手が震えるほど緊張していた学生も12回の授業で見違えるほど上手になります。私は苦手を克服しようとしてチャレンジしている学生を高く評価します。あるいはグループで、良いところを評価して必ずフィードバックをする。評価する、評価させるという体験が集団の中で成長していく上で本当に大切だと思っています。

特に出産を経験してからは学生に対して温かい目で見てあげられるようになったかもしれません。つい、「お母さんによくぞここまで育ててもらったわね」と思ってしまうんです(笑)。

八塩 圭子

今後も、アナウンサーでもあり、教員でもあり、妻でもあり、母でもあるという私の視点から、多くの人にマーケティングの思考法の面白さを伝えていきたいと思っています。若い頃は書くことでも話すことでも自分のことを題材にするのが嫌だったのですが、最近になってやっと自分の考えや自分を通した視点、プライベートのことなども積極的に出せるようになってきました。そんな風に思えるようになったのは、同じく法政大学出身で(※)、常に自分の視点で物事を見つめ、発信している主人の影響かもしれません。
※ご主人は、スポーツライターの金子達仁氏(1988年法政大学社会学部卒業)


フリーアナウンサー 八塩圭子(やしおけいこ)

フリーアナウンサー。上智大学法学部卒業後、1993年に株式会社テレビ東京入社。経済部で記者を務める。1994年にアナウンス室へ異動。報道・情報番組からバラエティー番組まで、多数担当。テレビ東京を退社後、2004年に法政大学大学院社会科学研究科経営学専攻、マーケティングコースにて修士課程を修了。MBA経営学修士を取得。他大学での教授職も務めた。現在はフリーアナウンサーの仕事をはじめとして、テレビ・ラジオの出演や書籍・コラムの執筆等、幅広い分野で活躍中。主な著書に「仕事と人生を豊かにする 八塩式マーケティング思考術」「三十路の手習い」など。


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