量より質の時代--変化がもたらす課題をチャンスととらえよ
村田紀敏さん
法政大学があったから今の自分がある
田中 村田さんは法政一高から法政大学へと進学され、生粋の法政人ですね。
村田 当時完成して間もなかった55・58年館がモダンで、ホテルみたいだと友人に羨まれました。ただ、ちょうど60年安保の学生運動が盛んなころで、学内でもよく演説を耳にしていました。
田中 ああ、まさにその時代ですね。
村田 ノンポリの私はそれを横目で見ながら、今はなき赤坂プリンスでダンスパーティを企画したりして学生生活を楽しんでいました。
田中 当時の法政大学にもそんな学生がいたとは驚きです。あらためて振り返ってみて、法政大学でこれを得た、と思われることは何ですか。
村田 「法政があったから今の自分がある」ことは間違いありません。でも、自分のすべてが大学でつくられたわけではなくて、たくさんのきっかけ、特に「言葉」を与えてくれたと考えています。55年館の壁に、『論語』の「学びて思わざれば即ちくらし、思いて学ばざれば即ちあやうし」という一節が刻んでありますよね。少し意味はずれるかもしれませんが、大学で学んだ知識は、実践を伴ってはじめて知恵になる。反対に、基本をきちんと学ばずに実践だけではいつまでも自信が持てない。これだと思うんです。
田中 一度実践を体験されて大学に戻った方の学びは、本当に深いですものね。その意味では、大学が学生に、社会での実践を体験できる機会を、もっと積極的に提供することも大切かもしれません。現状のインターンシップでは、短かすぎますね。
村田 産学協働でそれに取り組めれば、学生の知識の質も向上し、大学の価値も上がるはずです。
めぐってきたチャンスとつかみとったチャンス
田中 ご卒業後、最初はずいぶん畑違いのところに就職なさったんですよね。
村田 八幡製鉄(当時)が鋼管製造の子会社を作るということで臨時募集があり、そこにすべり込むことができました。そしてこれが結果的に人生の大きな転機になりました。僕は経理部門の採用でしたが、できたての中小企業ですから、仕事の流を最初から最後まで、全部見せてもらえたんです。研修もやりました(笑)。
田中 プロセスの全体を把握できているかどうか......大事なポイントですね。
村田 現場研修で工場の仕事を見せられたあとに、課長にこんなことをいわれました。
「君がこれから担当する原価計算というのは、数字をもてあそんでいたらダメだ。数字の向こう側には、それを造る現場の人間がいることを忘れるな」と。
田中 入社した最初の年にその言葉に出会ったというのは素晴らしい!
同時に、当時まだ貴重だった大卒者を、大事に育てようという会社の気概がうかがえます。そこからイトーヨーカドーへは、いつ移られたのですか。
村田 5年目に会社が再編されることになりまして。小売りにも興味があったので、それを機に、折しも翌年に上場を控えて組織拡充を図ろうとしていたヨーカドーを選んだんです。
田中 スーパーがようやく日本に根付き始めたころですね。
村田 その分、若いうちからいい体験をいろいろさせてもらいました。オイルショック後の急成長期、初めての転換社債発行にあたり、手違いもあって、セブンイレブン、デニーズと本体を連結させた事業計画書を、わずか1週間で作成するという緊急事態になりまして。32歳でしたが志願して、それを一人で任せてもらいました。
田中 すでに複数の事業をまとめて見る体験をなさっていたわけですか。
村田 しかも、提出先はアメリカの証券会社だから、英語での作業でした。会社に泊まり込みでなんとか間に合わせ、先方から帰ってきたひと言が「Perfect!」。
田中 まさに、知識を実践で磨いてこられたのですね。
大学に求められる「質」とは
田中 いまや数々のグループ企業を束ねる「セブン&アイ」のトップでいらっしゃいますが、お話をうかがうと、最初は新設の会社、次はこれから伸びるスーパーと、新しいものにチャレンジしようという気持ちがお強いのですね。
村田 というより、時代の変化に躊躇なくとけ込む適応力があるんだと、自分では考えています。これは企業も同じで、変化が課題を与え、それをチャンスととらえて、組織が一体となって対応できるかどうかが重要です。
田中 それは大学も同じですね。いま、少子化という大きな変化があって、どう学生数を増やすかという従来の発想では限界がきています。
村田 社会が成熟すればするほど、お客様は少しでも質の高いものを求めます。大学の場合、この「質」というのは、学生それぞれの強みをきちんと把握して、それを伸ばすということではないでしょうか。
田中 総合大学だからこそ、できるだけ多様な能力を持った学生を受け入れて、対応していかなければと考えています。
村田 ただ、小売業界では、総合型はダメです(笑)。何でもあるが、一つ一つに特徴なく他との差別化が出来ていない。セブンイレブンのように特定分野に絞っていると、そこに開発も集中できて競争力が高まるというわけです。
田中 平均的にと考えると、結局だれも満足させられないということですね。違いを打ち出して、それで離れる人がいるのは仕方がないですからね。ではこの法政大学で、これまで培ってきたものの中から何を強みととらえ、それをどう発信するか。まさにいま、私たちが取り組んでいることです。
村田 強みとは他人にマネできないことですから、たとえば外濠校舎(※)のようなユニークな施設も一つの強みでしょう。それから僕は、これからはいわば「サービス社会」になっていくと考えているのですが、そこで力を発揮する人材を育てるのに、法政の自由な校風は適しているかもしれません。実際、卒業生を見てもそう思います。
田中 確かにそうかもしれません。権威にこだわらず、市民の目線で活躍している方が多いですね。平均的、一般的な知識をおおぜいに提供するのではなく、個々の力を伸ばす教育が必要です。それが大学における量から質への転換です。そうすることで、村田さんが最初に経験したような「プロセスを知る」体験を、大学でも実現したいです。貴重なヒントと興味深いお話を、ありがとうございました。
(※)音楽練習室、アトリエなどを備え学生の課外活動を支援するほか、870人収容の大ホールや、中・大教室、演習室、学生ラウンジやスタディルームがあり、さらにはキャリアセンター、学生センター、そして校舎1Fにセブンイレブンも設置される複合施設となっている。
- セブン&アイ・ホールディングス代表取締役社長兼COO 村田紀敏(むらた のりとし)
1944年東京都生まれ。1966年法政大学経済学部卒業。71年イトーヨーカ堂入社。90年同社取締役、2003年同社専務・最高財務責任者(CFO)を経て、05年より現職(純粋持ち株会社の社長)。セブン&アイグループの前年度の売上は8兆円を超え、連結従業員数は約13万5千人にのぼる。