与えられたチャンスは断らずに引き受けてベストを尽くす
富永由加里さん
結婚も子育ても働く女性にとってプラスととらえれば
田中 一昨年には法政の大学報にもご登場いただき、拝読すると、富永さんの女性としての生き方・働き方に共感する点、学ぶ点が非常に多いんですね。
たとえば、一般的には働く女性にとっての障害とされる結婚・子育てが、富永さんの場合むしろプラスになったように感じたのですが、実際はいかがでしたか。
富永 そのさなかには、やはり障害でしたよ(笑)。
でもあとから振り返れば、なんとか認められようと自発的に人並み以上の動きがとれたのも、困難な環境ゆえだったと思います。また、子供は計画通り動いてくれませんし、何より母親である自分が倒れるわけにはいかない。ですから、何が起ころうと動じない心、限られた時間に集中すると同時に、うまく力を抜いて健康も維持する術なども、自然に身に付きました。
田中 子育てを経た女性だからこその危機管理能力、といったところでしょうか。ただ、主婦業と研究の両立をあきらめた経験のある私からすると、それは、そうした状況をポジティブにとらえて仕事に臨んではじめて得られる強みなのかもしれません。
富永 一方で弱点も山ほどあるわけですが、それを克服しようとするより、強みの部分で貢献して、弱いところは周りに助けてもらうという考え方も、仕事をする上では大切だと思います。
田中 そうしたインフォーマルな支えを自覚的に利用するという点でも、女性は長けているといえそうですね。
富永 そしてそのインフォーマルな支え合いの関係は、組織がパフォーマンスを高め、成長していくための不可欠の要素でもあります。
田中 技術職採用でも女性はやはりお茶くみから、その後大ヒット製品の開発の先頭に立って会社に貢献し、現在は女性初の執行役員になられている。その間、想像するに、与えられたチャンスは断らずに引き受けてこられたんじゃないですか?
富永 自信はまるでないけれど、笑顔で「はい」と(笑)。引き受けてベストを尽くす、それだけでした。
田中 私も、専攻長、学部長、総長と、とてもできないと思っていたようなことを引き受けてきたんですよね。大学の将来はむろん考えますけど、自分の先々の立場なんて、考えても仕方ありませんから、やはり目下の仕事にベストを尽くすだけです。
そういう女性は増えているんでしょうか。
富永 一方で制度が整ってきていますから、それに依存する傾向が強い女性と、自律志向が強い女性と、二極化している気がします。
男ばかりの中で語り明かした学生時代
田中 そもそも女性で工学部に入るというのがまだ珍しい時代だったと思うのですが、どんな学生生活でしたか。
富永 入学手続きに行ったら、「女だ!」という驚きの声が(笑)。女子トイレもほとんどありませんでした。
経営工学研究会というサークルに入ったのですが、ここには女子は3人だけ。体育会系のノリの上下関係が厳しいところで、ここで鍛えられたおかげで、会社に入ってから、礼儀正しいと評判がよかったことを覚えています(笑)。
田中 当時の法政大学にはどんな印象をお持ちですか。
富永 自由闊達で人を型にはめない、個性を大事にして自律する意欲を育てる、そんな雰囲気でした。
地方から出てきた人が多くて、みんなさびしくて時間がありましたから、よく誰かの家に集まり、男だけの中にまじって朝まで語りました。そんなときも、人を受け入れて否定しないという感じでしたね。
田中 最先端技術を扱う工学部は、私たちの文学部などとは少し違うのかなと思っていましたが、やはり法政の空気は変わらないんですね。
専門の勉強はお好きでしたか。
富永 はい。そしてむろん、現在の仕事にも役立っています。
経営工学というのは、理系でありながらロジカルではない部分があるんです。製品の質を追求すればコストが上がるというように、何かを重視すれば何かが犠牲になる。だから、ただ一つの「正解」はなく、ある価値判断に基づいて「最適解」を探すしかないのです。
田中 それは大学経営にも応用できますね。一般の企業とは違って利益を追求するわけではないけれども、たとえば受験生を増やす、留学生を増やすというように数字を追うだけでは済まない。でも、何を選んで何を犠牲にするかは、経営工学の知識だけで決められるものではなくて、それこそこれから社会がどう変化していくかといった、広い視点が必要なんですよね。
グローバル化の中で変わる仕事の現場
田中 大学経営といえば、先ごろ法政大学は、全国37校の「スーパーグローバル・ユニバーシティ」に採択されまして、これはむろん喜ぶべきことなのですが、一方でそれにともなう取り組みを実施するための人員をどうするか、予算をどうするか、頭を悩ませているところです。
富永 すごいですね。私がいたころ、法政に「グローバル」のイメージはありませんでした。私自身、英語は苦手でしたし(笑)。
田中 いまは工学部(現理工学部)でも、英語での授業が増えていますよ。
大学はそのように、多様な人々とともに働けるグローバルな能力の育成に力を入れているわけですが、経営にかかわるお立場から見て、日本企業のグローバル化の流れはやはり必然なのでしょうか。
富永 その通りだと思います。実際弊社グループも、すでに社員の10%くらいは外国籍です。
「口が減る」という言い方をするんですが、人口が減少するだけでなく、食の細い高齢者の割合が大きくなることは避けられない。農業、漁業はもちろん、食品の輸入・流通などにかかわるすべての企業で縮退を余儀なくされるわけですよね。
そうなれば、これまでにないサービスを創り出すか、または若年層の多いアジアなど海外での事業に活路を見出すしかありません。
日立グループは、「グローバルメジャープレイヤーになろう」が合言葉。工場を移転する場合には、そこで働く人が住む町のインフラを整備するところから、トータルに取り組んでいます。
田中 そんな現場では、仕事のやりがいもあるでしょうね。
富永 ただもちろん、うまくいく現場ばかりではありません。昨今はいつどこで内乱が起こるかもわかりませんから、いざというときは上司の判断を待たず、すべてを捨てて帰国せよという指示が出ているくらいです。
田中 なるほど、卒業生をそういうところへ送り出すのだということを、われわれも自覚する必要がありますね。
御社で本学の卒業生にお会いになることはありますか。
富永 毎年同窓会をやっています。営業系が多いのですが、よそに比べても元気がいいですよ。実は法政大学は弊社で3番目くらいの大学閥なんです(笑)。
田中 その地位を保つためにも、良質な仕事ができ、充実して生きることのできる能力を育てていきたいと思います。
ありがとうございました。
- 日立ソリューションズ常務執行役員 富永由加里(とみなが ゆかり)
1958年愛媛県生まれ。1981年法政大学工学部卒、日立コンピューターコンサルタント(現日立ソリューションズ)入社。就業管理システム「リシテア」のシステム開発等に携わる。2007年に初の女性本部長、11年に執行役員に就任。14年4月より現職。