アメリカの大学に学ぶ、大学スポーツの在り方
安田秀一さん
「自由と進歩」こそが法政の醍醐味
田中 安田さんは、法政では「トマホークス」ことアメリカンフットボール部でのご活躍が有名ですが、私と同じ日本文学科に在籍していらっしゃいましたね。
安田 実は作家志望だったんです。いまでも、僕の文章は定評があるんですよ(笑)。小学生のころから図書室の壁一面分の本を読み尽くすくらいの読書好きでした。勉強は嫌いでしたけど。
田中 勉強より物語が読みたいというのは、私も同じでした(笑)。
安田 法政二高でアメフトを始め、最後はキャプテンに。そうなると、部員の前で毎日のように話をしなければなりません。当時、テレビの討論番組で、聞いたこともない難しい言葉を巧みに使う人たちがやたらカッコよく見えたんです。それで、知らない言葉に出会ったら必ず広辞苑で意味を調べ、それを自分が話すときに使うようにしたんです。大学ではそれが、文章を書くことに代わりました。アメフトでは、戦術を選手に伝えるプレ−ブックを作るのですが、言葉が正しく説得力があるかどうかで、実際の選手たちの動きがまるで変わってくるんです。だから、授業で言葉や文章について学んだことを、アメフトの戦略立案に生かしていました。
田中 それは日本文学科の新たな一面を切り拓いていただきました(笑)。それにしても、無駄のない大学生活を送られていましたね。私も、人生の中であの4年間は忘れられない、何かがぎっちり詰まった時間でした。
安田 法政の学風は「自由と進歩」、これはそのままだとイケイケなイメージですよね(笑)。でも僕は、ただ消費する自由ではなくて、あくまで進歩するための自由、何かを作り出すための自由だと受けとめたんです。それでチームづくりでも、きっちり管理することより各選手の個性を生かすことに重きを置きました。
田中 目標はしっかりあって、でもそこに辿り着く道は人から押し付けられることはなく、自分自身で選べる、それが法政の「自由」なんですよね。だから、私も本当にやりたいことをやりました。いつもこの一瞬に在りたい、と。
安田 それこそ、法政の醍醐味だと思います。お互い、「自由と進歩」がぴったり肌に合ったようですね。
日米スポーツ事情の大きな違い
田中 現在は経営者として、スポーツにかかわる幅広い事業を手掛けていらっしゃいますね。
安田 僕は大学の4年間、しごかれ、ときにはゴマをすり、ひたすら勝ち負けにこだわり、そういう辛さに耐えながらアメフトを続けました。チャラチャラしていて、でも僕より成績のいい連中を横目で見ながら(笑)。そういう連中に、もし僕が社会に出てから負けてしまったら、自分が打ち込んだスポーツに対して失礼だろう。だから、絶対に人生で成功しなければいけないと考え、いま懸命に実践しているところです。
田中 実際、会社は急成長されているようですね。
安田 急成長といっても、それは日本のなかで見た場合です。弊社が提携しているアメリカのアンダーアーマー社は、うちと同じ年に創業したにもかかわらず、いまやその規模は日本の家電や製造業のトップ企業と肩を並べる勢い。これは、アメリカのスポーツ産業自体がここ20年ほどの間に急激に拡大しているからで、日本ではその間、逆に縮小しているのです。背景には、日米のスポーツやスポーツ事業に対する考え方の違いがあります。スポーツには内需拡大、地域活性化につながる大きな経済的価値があり、アメリカはいち早くそこに投資を始めた。それに対し日本でスポーツというと、いまだに健康増進のような無形の価値ばかりが語られ、むしろコストがかかる分野だという発想から抜けられていないんです。
田中 そこを伺いたかったんです。現在、法政では初めての本格的な長期ビジョンの策定に取り組んでいて、そこにスポーツを盛り込みたいと考えています。しかし、教育への投資はこれからも増える一方で、大学の収入は限られていますから、スポーツに割ける予算が先細りしていくことは目に見えています。
安田 いまお話しした事情は、日米の大学スポーツにもそのまま当てはまります。発想の転換が必要なんです。
「スポーツは大学の玄関」という発想
田中 発想の転換とは、どういうことでしょう。
安田 大学においても、スポーツは金食い虫ではなく、大きな収入源になるということです。アメリカでは、「スポーツは大学の玄関」と言われます。これは、スポーツが強くなることで大学の知名度が上がる、知名度が上がれば志願者が増えて収入が上がる、それを教育に再投資することで大学全体のレベルが上がる、そういう好循環が生まれるという意味です。
田中 もちろん、知名度だけ上がっても、大学の質が伴わなくて志願者が増えないというケースもあるでしょうし、一時的に強くても、弱くなったらまた忘れられるという場合もありますよね。質の問題は別に考えるとして、強くあり続けるためにはどうしたらいいんですか。
安田 各運動部がバラバラな、現在の日本の大学のやり方ではダメです。体育局のような専門の機関を設けて、各部の強化はもちろん、大学内のスポーツにかかわるあらゆる取り組みを統括させる。まず、そうした仕組みづくりが必要です。ただ、それはそんなに難しいことではありません。アメリカに成功例があるのですから、マネをすればいい。まだどこもやっていませんから、法政が取り組めばトップに躍り出る可能性がありますよ。
田中 なるほど、やはり仕組みの問題なんですね。日本の大学は、教育に関してはずいぶん改善されてきています。教員の意識も大きく変わっている。でも全体のガバナンスという点では、変われない、変えられないという意識が根強いんですよね。
安田 仕組みができれば、学内にスタジアムを作って貸し出す、強いチームのグッズを作って販売するなど、スポーツを収入に結び付ける方法はいろいろありますよ。
田中 それは、私たちのもう一つの取り組みであるブランディングにかかわってきそうですね。言葉で表現するブランドを中心に考えていましたが、色とか形とか、視覚に訴えるブランドも大切なのかもしれません。今日は、スポーツが収入になるという衝撃的なお話で、目からウロコが落ちました。ありがとうございました。
- 株式会社ドーム代表取締役社長 安田秀一(やすだ しゅういち)
1969年東京生まれ、1992年法政大学文学部卒。在学中は体育会アメリカンフットボール部「トマホークス」の主将として常勝の日本大学を撃破、大学全日本選抜チームの主将も務める。三菱商事を経て、1996年に株式会社ドームを創業。1998年に米国のスポーツアパレルブランド「アンダーアーマー」と総販売代理店契約を締結。現在は、サプリメント事業やスポーツマーケティング分野にも事業を拡大している。年商約300億円。