古い携帯で撮った動画。息子がまだ2歳の時のものが残っている。
キッチンに椅子を持ってきて、その上に立ってフライパンで何かを焼いている動画。
自信満々に火を使う息子を、ハラハラしながら見守っていたのを今でも覚えている。
幼い頃から料理が好きだった息子は、中学生となった今でもやっぱり料理が好きだ。私が教えてあげずとも、私のレシピブックを勝手に見たり、テレビで料理番組を見たり、インターネットで検索したり。自分でレシピを調べ、時にアレンジしながら様々な料理を作れるようになった。
とは言え、やはり経験がモノをいう。私だってまだまだ負けてはいない。
私だって息子に負けず劣らず小さな頃から料理好きで、4歳の頃からキッチンに立っている。そう簡単に負けるわけがない。
息子の料理の手直しをしては息子をうならせるのが快感であり、自信でもあった。
「行きたい所があるんだけど。」
中学の春休み、息子が行きたいと言ったのは、プロの食材店だった。
「プロ用のパンの粉を使ってみたいんだ。」
そうお願いされ、一緒に買い物に出かけた。
店に着くと、小麦粉だけで何十と言う種類が揃っている。一つ一つ手に取って見るが、目移りしてどれがどれだかわからない。
圧倒される私に対し、息子は冷静に一つ一つゆっくり見ながら、一つの粉を手に取った。
「これこれ。これが欲しかったんだよね。」
どうやらネットで調べ、お目当ての粉を決めていたらしい。
こだわりの強い息子が言うままに、他にもいくつかの食材を購入。帰宅するとすぐにパンをこねだした。
できたのは、チーズ入りのフランスパン。
焼きたてを食べる。パン屋さんで買うものより美味しい!捏ね具合も、見極めが難しい発酵もばっちりだ。
あまりにも美味しくて、みんなで即完食。
材料が違うだけで、こんなにも味が変わるなんて。
後日息子に内緒で、同じ材料で同じレシピで、同じパンを作ってみた。
息子が作ったのがあまりに美味しかったのと、息子に、やっぱり私にはまだ敵わないと言って欲しかった気持ちもある。
私もパン作りは得意だ。
粉とイーストは息子が選んだプロ用の物。レシピ通りの分量。発酵も良い具合。チーズも綺麗に包み、焼き色もばっちり。完璧だ!絶対美味しい!
よし!試食!
焼きたてのパンを頬張ると・・・
あれ?それほど美味しくない?
もう一口食べる。やっぱり前の方が美味しい。
私は苦笑した。材料のせいじゃあない。息子の料理の腕が上がったんだ。料理の腕は、とっくに息子に抜かされていたんだ。
悔しい?いや。嬉しい。
笑いが込み上げてきた。喜びのあまり楽しくなってきた。
息子の成長が嬉しかった。追い抜かされることが、こんなにも嬉しいなんて。
学校から帰ってきた息子が、私のパンを食べた。
「俺のほうが美味しい。」
そう言った息子がとても逞しくて、笑顔が止まらなかった。