「なすまんはうまいぞ!」
「なすまん? なーにそれ。見たことも聞いたことも、食べたこともないわ」
勤務先の事務所での昼休み。私は、彼から出た「なすまん」と言う耳慣れない言葉に興味を持った。
説明を聞いて二度びっくり。おまんじゅうの中身に、味噌となすを細かくしたものが入っているそうな。味は想像出来なかった。
札幌から、就職のために東京に出てきてから二年目の、二十歳の頃の春の出来事。
私の中のおまんじゅうのイメージは、北海道産の大きなアズキを甘く煮たあんこが、たっぷり入っているものでなければならなかった。第一、その方がおいしいはず。
でも、彼にも「なすまん」にもなぜかひかれてしまい、いつもは口数の少ない私が、「食べてみたいわね」とはっきり宣言したのだ。
その年の六月。そろそろおいしいなすが出始めた頃、
「おふくろが、なすまんを作るから、君をつれて来いと言うんだけれど……」
「喜んでおじゃまします」
私はどきどき、わくわくする気持ちを抱いて彼の杉並の実家へ出かけた。
ガス台の上の蒸し器から出てきた、白いふかふかのおまんじゅうは、なすと味噌と油とがしっかり溶け合って、絶妙な味のハーモニーをかもしだしていた。
初対面の恥ずかしさも何のその。小柄でぽっちゃりとしたおふくろさんの上手な勧めもあって、直径十センチ位の大きなものを、四個は食べたと記憶している。若さのなせる技。
その食べっぷりを見たおふくろさん、「嫁にするには合格」と思ったそうな。
食べっぷりを見込まれて結婚。次は作りっぷりを仕込まれることになった。
おふくろさんの小さな手から作られる「なすまん」は、形がきれいで大きかった。
不器用な私の手で作る「なすまん」は皮は破れ、細かく切ったなすはこぼれ出る。油と味噌がにじみ出てきて丸くまとまらない……。
そんな場面から時は流れ、結婚して四十七年。私にも経験が味方となり「おーい。昼はなすまんだ」の夫の一言で、素早く作れるようになった。
今年のお正月には、おせち料理と一緒に晴れがましく「なすまん」もテーブルに並べて息子一家を迎えた。
「あっ!なすまんだ」息子と孫の中一の男の子が二人揃って声をあげた。
「やっぱりうまいな」と二人が言うので、お嫁さんが「今度、作り方習いに来まーす」と笑った。
どうやら「なすまん」は息子一家に引き継いでもらえそう。私の作る「なすまん」は、形は不揃いだけど、味は太鼓判だ。
「天国のおふくろさん、合格点をいただけるでしょうか?」