夫の母は、明るく大らかで美しい人だった。料理も上手で、私達が帰省する折には沢 山のおかずを準備してくれていた。
今回も帰郷の前に、義母に電話をかけると「リクエストは何?」と聞かれた。
「ゆで卵と手羽先とほうれん草を一緒にぐつぐつ煮た、アレをお願いします」
私は、すかさず答えた。
「あんな、どんどん鍋に入れるだけの簡単な煮物でいいの?」
「お義母さんの、あの絶品を、ゼヒ!」
私は少しおどけて甘えた。
以前に作り方をたずねたことがある。
「しょうゆとみりんと砂糖を合わせて、ニンニクとしょうがを、ちょっとだけ入れるの」
「あとは水を加えて、煮立ったら手羽先を」
私は次々メモをした。
「アクをちゃんと取ると味が良くなるのよ」
「ゆで卵は煮汁にころがして、ほうれん草は柔らかくなりすぎないように」
シンプルな中にもポイントを的確に教えてくれた。
心尽くしのごちそうに思いをはせると更に、帰省が待ち遠しくなる。
翌朝早く、夫の妹から電話がかかってきた。
「母が今朝、亡くなりました」
何を言っているのか、よく分からない……。
「本当に、急だったのです」
義妹は気丈に続ける。
義母と居間で、天気のことなどをごく普通に会話しているうち、突然、言葉がとぎれて、義母はそのまま、逝ってしまったというのだ。
すぐに夫と家を出た。
夢中で車を飛ばした。
連れ合いを早くに亡くし、養護教諭として勤めながら、二人の子供を育ててきた義母。私を単なる「嫁」というくくりでは無く、息子の人生のパートナーとして、重きを置いてくれた。
「いつも息子を助けて頂いて、御礼の言葉もありません」
誕生日に、プレゼントに添えられたメッセージ。
深く、心に染み入った。
とても尊敬し、日頃より慕っていた。
家に着くと、葬儀社がしつらえた布団に、義母が横たわっていた。ただ眠っているだけのように見える。
でも何度声をかけても、いつものように「あら、お帰り」と迎えてはくれない……。
台所から煮物のにおいがしてきた。食卓に私がねだったおかずがのっている。
お菜を口に運んだ。甘辛い煮汁がのどに流れこむ。涙があふれてくる。
悲しくて、美味しい。この味を忘れない。
これから生きてゆく心と身体の糧だ。
「おかあさん、ありがとうございました」
感謝の思いは義母に届いたと信じている。