「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第9回

一般の部(エッセー)

キッコーマン賞
「ありがとうの味」
生田 悠さん(東京都・30歳)
読売新聞社賞
「鰯のすり身汁」
河野 久江さん(千葉県・90歳)
優秀賞
「明日への糧」
小梁川 道子さん(宮城県・57歳)
「甘じょっぱい僕の1964に金メダルを」
高野 敏彦さん(埼玉県・64歳)
「餃子のチカラ」
岡 武史さん(広島県・48歳)
「たこづくし」
山岸 典子さん(千葉県・59歳)
「なすまん」
岩下 惠子さん(東京都・70歳)
「ばあちゃんやき」
西川 勝美さん(京都府・53歳)
「真っ赤な手」
小松 愛子さん(神奈川県・58歳)
「息子に負けた日」
仲西 望さん(大阪府・43歳)
「娘の味」
門脇 美保子さん(広島県・66歳)
「ラブリー弁当」
能城 桃子さん(千葉県・19歳)

小学校低学年の部(作文)

キッコーマン賞
「ごっちゃの天ぷら」
笠原 詩乃さん(岐阜県・8歳)
優秀賞
「まほうのたいのあら」
福田 汐理さん(京都府・7歳)
「みんなでいっしょにたことかに」
山田 悠斗さん(岐阜県・8歳)

小学校高学年の部(作文)

読売新聞社賞
「おばあちゃんのぼたもち」
糸井 龍之介さん(栃木県・10歳)
優秀賞
「いっぱい食べやぁ」
藤田 瑞恵さん(岐阜県・12歳)
「感謝と笑顔のお昼ごはん」
後藤 恋奈さん(三重県・11歳)

※年齢は応募時

第9回
■一般の部(エッセー)
優秀賞

「たこづくし」 山岸 典子 やまぎし のりこ さん(千葉県・59歳)

 昭和三十年代、私の住む田舎町には未だスーパーなどと言うものはなく、小さな店が色々な商品を扱っているのが普通だった。小学校に入ったばかりの私は、お使いを頼まれると大人の仲間入りを許された様な、ちょっと誇らしい気持ちになって近くの店へ嬉々として通っていたものだ。

 そんな年が明け、正月三ケ日も過ぎたある日のこと。父が私に用事を言いつけた。「客が来くっから、〝やなぎや〟でタコ買ってきてけろ」〝やなぎや〟は家から十分程の坂の上にある魚屋である。

 父から預かった五百円札を握りしめ店に向かう。魚屋といっても田舎のこと。店の半分はやはり何でも屋状態になっている。「タコちょうだいな」とおばちゃんに告げると「どっちのタコだい?」と返された。はてどっちだろうと一瞬考えたが、父は確か客が来ると言った。まだお正月だし、きっとお客さんと凧揚げでもして遊ぶのだろうと幼い頭で判断した私は揚げる凧と答えた。当時の五百円はなかなかの価値があり、立派な凧が二つも買えた。

 大きな凧を手に意気揚々と家に戻った私を待っていたのは父のカミナリ。「このバカタレがっ!」客人と蛸刺しで一杯やるつもりだったらしい。それからずっと私の失敗を責める様に二枚の凧は神棚の横に磔になっていた。

 勝手な判断をした私も悪いが、ちゃんと言わなかった父も悪いと思う。ちょっと悔しかった私は、冬休みの宿題にこのタコ事件を作文に書いた。ところがこれが思わぬ方向に転がってしまった。私の作文を読んだ教育関係者達は、小さな女の子と父親のほのぼのエピソードと捉えたらしく、県のコンクールで何と特別賞を取ってしまった。その上ご丁寧にラジオで朗読までされてしまったのだ。

 大変なことになった。これでは親戚中の笑いものだ。父にまた怒られる。今度はゲンコツ付きかもしれない。

 父が会社から帰り夕餉の時間になった。食欲など涌くはずもなく、ただ項垂れる私の前に見慣れない食べ物が出された。「たこやき、作ってみだよ」母が言った。焦げたお醤油の香ばしい良い匂いがする。上目使いに見上げた目線が父と合った。「このタコ助が…」父は本当に怒ってはいない時、私をタコ助と叱る。…こないだから何だかタコばっかりだ…。でも良かった。ほっとしたら食欲と同時に涙も鼻もいっぺんに噴き出してしまい、母の「たこ焼き」はとても美味しくてそしてとてもしょっぱかった。

 あの頃日本は今よりずっと広く、私達東北人にとってたこ焼きの本場、大阪なぞまるで異国の地。本物のたこ焼きを食べたこともない母が、見よう見まねで作ってくれた醤油味のたこ焼き。おちゃめな母の優しさだったのか〝しゃれ〟だったのか。どちらでもいい。気持ちがとても嬉しかった。

 今でも焦げた醤油の匂いを嗅ぐと、若かった父や母の顔とあのだいだい色の夕暮れを思い出し、鼻の奥がツンとするのです。

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