アメリカに来てから11回目のお正月を迎える頃、お雑煮がどうしても食べたくなった。近所に住んでいる日本人の友人から、お餅を頂けることになったからだ。大学留学するためにアメリカにやってきた頃は、お正月らしいものを食べなくても普通に過ごせていた。だが、今年は違った。日本の食文化への想いというものは、故郷を離れてからの年数が増せば増すほど、どんどん強くなっていってしまうようだ。
東京で育った私だが、父は九州の人なので、お雑煮は九州のものを食べて育った。がめ煮という煮物と、どんこからとった出汁を使うのは覚えていた。毎年食べていたのに、作り方をきちんと教えてもらったことがなかったので、父に作り方をメールでお願いした。
さて、レシピはすぐに手に入ったが、私の住んでいるアイダホ州には日本の食品を売っているお店が中々ない。自宅から少し離れたところにあるアジアン食品店に、仕事帰りの主人に寄ってもらった。アメリカ人の夫から、写真が次々とメールで届く。ごほう、蓮根、水煮された竹の子はこれで合っているのか、と私に確認するためだ。後は里芋。科学的に見たら多少の違いはあるのだろうが、タロ芋なら売っているというので、お願いすることにした。どんこはスライスされた干し椎茸で代用。他の材料は近所のスーパーで購入し、日本で売っているものとは見た目は大分違うが、なんとか材料を揃えることができた。
子供たちが寝静まった大晦日、さっそく調理を始めた。里芋とごぼうや蓮根は、日本にいたころはすでに下処理されたものをよく利用していたため、何から始めていいか分からない。インターネットで下ごしらえの方法を探し、根菜から出たぬめりによる手のかゆみとの戦いも終え、いよいよがめ煮を作り始める。鶏もも肉を油で炒めて、幸運にも家にあったカツオと昆布の合わせ出汁とお酒で野菜を煮込む。煮物を作るのなんて、何年ぶりだっただろう。次の朝にお雑煮にするために、ちょっと見た目は頼りのない干し椎茸の戻し汁でつゆも作っておいた。がめ煮とつゆを合わせてお餅を入れれば、お雑煮が完成する。
キッチンから広まる、がめ煮と出汁の良い香り。しんと静まり返り、少し冷えてきた家の中、がめ煮がふつふつ煮えていく音とお正月の香りに包まれる。もう何年もかいでいない香りなのに、実家のこたつで家族とお雑煮を食べる光景が反射的に脳裏に浮かぶ。「やっぱり美味しいね」とお雑煮を食べるだけで、幸せを確認できたあの時間だ。
元旦の朝、子供たちが起きてくると、「何を作ったの?すごく良い香り!」と英語で言ってくれた。ゴロゴロ野菜を見て、おじけづいたものの、お雑煮のつゆの味見だけはしてくれた。そして驚きながら一言、「あ、おいしい!」これから毎年続く、私たちのおいしい記憶の始まりだ。