「はい、じゃあいる人はそろそろ並んでもいいよ。」
この一言を待ちかねていた子どもたちが、わっと一列に並ぶ。
「今日、おかわりした?おかず減らしてないの?」
並びながら、子どもたちが交わす会話。暗黙のルールで、おかずを減らさず食べ、おかわりをした人が優先の列がずらっとできる。
男の子も女の子も関係なく、みんな大好きな塩むすび。この塩むすびを目指して、毎日列ができるのだ。
そう、これは我がクラスの給食の日常風景。給食の食缶にご飯が残ると、ほんの少しだけ塩をふり、ラップを手のひらの上に広げ、塩むすびを握る。味は塩なので、いたってシンプル。それなのに子どもたちは、「おいしい。」と、口々に言い、ぱくつくのだ。
家庭訪問に行ったときも、おうちの方が、
「最近、塩むすびを作って。と、子どもにたのまれる」
という話を、何件も耳にした。私としては、せっかく作っていただいた給食を残したくないという気持ちで、以前からもしていた。しかしなぜか、このクラスでは大ヒットだ。
何度か回数を重ねると、子どもらからのリクエスト。「大」「中」「小」「超ミニ」と大きさを伝える。「ボールみたいな丸」「三角」と、形のリクエストも。
私がおむすびを握っている間、子どもはじっと手元を見つめる。
あるとき、男の子がこんな一言をぽつり。
「先生のおむすび、おいしいんよ。何かね、手から味が出とる。」
いやいや、ちゃんとラップの上で握っているからそんなはずはない。まあ、たしかに、ビタミン愛はたっぷりこめてにぎってはいるが、それが伝わっているのかな。
いつも食缶が空っぽの自慢のクラス。でも、新しい春が近づいてくれば、このクラスも終わりに近づく。しかも、勤務年数の長い私は転勤が決まってしまった。
そして、迎えた最後の給食の日。手間はかかるが、三十三人分、一人一人におにぎりを作った。こうして、元気に笑顔でおにぎりをほおばる姿は、二度と見ることはできない。忙しくてあっという間だったが、思い出となったひとときだった。
そして、いよいよ私が学校を去るお別れの式の日。私に笑顔とパワーをくれていた子どもたちに感謝の気もちをこめて、最後のおくりものを用意した。それは、「おにぎり券」。有効期限は、私がおにぎりを作れる限り有効。いつか、私のおにぎりのことを思い出して、食べたいなと思ったとき、この券を持ってきてくれたら、いつでも作るよと約束した。
シンプルだが、なぜかおいしい塩むすび。そんなおむすびを作っていた先生を思い出してくれたら、それこそ教師冥利に尽きる。