「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第1回
最優秀賞作品
「卵焼き」
原 和義さん(福岡県)
優秀賞作品
「じゃがいもの家系図」
小須田 智女さん(千葉県)
「お魚さんの入った黄色いご飯」
大友 淑依理さん(宮城県)
入賞作品
「“おふくろの味”の概念に関する一考察」
髙橋 克典さん(東京都)
「オッパイ・スープ」
丸山 米子さん(神奈川県)
「鱈の煮付け」
幸平 泰子さん(新潟県)
「からあげ」
天野 美和さん(静岡県)
「ちらし寿司宅配便」
山野 華鈴さん(神奈川県)
「思い出のお弁当」
吉田 彩子さん(京都府)
「一度きり焼」
廣野 忍さん(大阪府)
「魔法のおにぎり」
谷中 昌一さん(茨城県)
「爆弾おにぎり」
小西 逸代さん(長崎県)
「嫁と姑と天ぷら」
三枝 夏季さん(愛知県)

※年齢は応募時

第1回
入賞作品「鱈の煮付け」幸平 泰子さん(新潟県)

 夫の好物は助惣鱈の煮付けである。結婚前の話だが、夫とドライブに行くことになり、せっせとお弁当を作っていると、

「これ、持ってく?」

 と、母は小さな鍋を差し出した。中に入っていたのはなんと鱈の煮付け。しかも昨晩の夕食の残りである。

「え~!やだ!お弁当、臭くなる。」

「いいねっかて。博喜さん、大好物だし。」

 この母の一言でポテトサラダやプチトマト、出汁巻卵といったカラフルなお弁当メニューの中に、鶏のからあげにとって替わった黒い物体が鎮座するはめになった。どう見ても不似合いで、私の『カワイイお弁当計画』は無残にも破壊された。何でこんなことになるんだ!自分だってお弁当作る時入れないでしょうが!心の中で母を恨んだ。

 私の思いとは裏腹に、お弁当を見せると夫は目を爛々と輝かせ、私が作ったおかずには目もくれず、真っ先に鱈へと箸を伸ばした。

 しかも食べている途中で霧雨が降ってきて、

「ねぇ、もう車に戻ろうよ~。」

 と促しても全く席を立つ気配はなく、一心不乱に鱈を食べている。

「ねぇ、そんなに美味しい?そんなに鱈、好きなの?」

「うん!」

 満面の笑み。なんて素直。私は呆れた。

 夫は魚好きなので、食べるのが本当に上手い。最後は見事に骨だけになる。結婚前に実家に食事に来た時、母はよく感心していた。だから多少無謀でもお弁当に持たせたい、という気持ちも頷ける。

 そういえば、私の祖父も鱈の煮付けが大好物だった。食べた後は熱湯を注いで即席骨スープを作って飲み、小さなかけらまで食べていた。骨までしゃぶる姿を見て、子供心に

「何だかお行儀悪くてやだな~。」

 と思ったが、今思えば最後まで美味しく戴く術を知っていたのだろう。鱈にしてみれば、髄まで食べてもらえば本望である。ゴミも最低限しか出ないし、ある意味究極の食育とエコなのかも知れない。

 夫の好物にもかかわらず、私の得意料理ではない。鱈の煮付けは私の憧れの料理だ。義母が作る様子を見ていると実に手際が良い。水と酒、味醂、醤油、砂糖を鍋に入れ、煮立ったところで味見。分量を聞いても、

「う~ん、鱈の大きさにもよるから適当!」

 この適当の見極めが実に難しい。夫に言わせると義母の母、つまりおばあちゃんの煮付けはもっと豪快で、美味しかったらしい。

「こんなもんかなぁ~。」

 なんて言いながら一升瓶から直接大鍋にドボドボと調味料を注ぎ、味見すらしない。なのに濃すぎず薄すぎず、常に一定の味を保つ。まさに年季のなせる技。このおばあちゃんも食後は骨スープで締めたそうだ。この鱈好きの血を脈々と受け継ぐ家族の口を私が満足させるのは、まだまだ先のことになりそうだ。

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