「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第1回
最優秀賞作品
「卵焼き」
原 和義さん(福岡県)
優秀賞作品
「じゃがいもの家系図」
小須田 智女さん(千葉県)
「お魚さんの入った黄色いご飯」
大友 淑依理さん(宮城県)
入賞作品
「“おふくろの味”の概念に関する一考察」
髙橋 克典さん(東京都)
「オッパイ・スープ」
丸山 米子さん(神奈川県)
「鱈の煮付け」
幸平 泰子さん(新潟県)
「からあげ」
天野 美和さん(静岡県)
「ちらし寿司宅配便」
山野 華鈴さん(神奈川県)
「思い出のお弁当」
吉田 彩子さん(京都府)
「一度きり焼」
廣野 忍さん(大阪府)
「魔法のおにぎり」
谷中 昌一さん(茨城県)
「爆弾おにぎり」
小西 逸代さん(長崎県)
「嫁と姑と天ぷら」
三枝 夏季さん(愛知県)

※年齢は応募時

第1回
入賞作品「“おふくろの味”の概念に関する一考察」髙橋 克典さん(東京都)

 魯山人でもあるまいし――二〇年連れ添った妻にそう言われて、カッとなった。お父さん、いい加減にしたほうがいいよと娘も言う。まるでおれが悪いみたいなことになっている。それでまた腹を立て、とうとうケンカになった。五七歳にもなって、ポテトサラダで夫婦喧嘩はみっともないと思うが、悪いのはおれじゃあない。

 夕の食卓にポテトサラダが出てきたから、それをつまみにビールをやり始めたら、

「どうよ、今日の味は」

 質問してきたのは妻のほうだ。

「やっぱりポテトサラダだけは、おふくろのほうが上手いな」

 訊かれたから素直に答えたまでのことで、他意はなかった。今年で八〇歳になる田舎のおふくろが作ったほうのが、旨いんだからしょうがない。すると、そんなはずはないと妻が言い出した。うちのおふくろに教わったとおりに作っている。だから、少なくとも同じ味のはずで、不味いわけはない――と。

「不味いと言ってない。違うなと言ってるんだ。同じ味じゃない。おれには分かるんだ」

 で“魯山人でもあるまいし”となり“お父さん、いい加減にしなさいよ”へと続くわけだ。

 世の中のおふくろというおふくろが、みんな料理上手なはずもなく、おふくろの作った料理は、どれも例外なく旨いと、そう言っているわけでもない。ただ、ポテトサラダだけは、どうしたって妻が作るよりおふくろのほうが旨いので、あれはどういうことだろう。

「いい歳して、マザコンなんだよ、お父さん」

「そう、そうなのよ。信州へ帰って、母ちゃんに作ってもらえばいいのよ」

 待てよ、以前に同じような光景を見たぞ。

 それは祭りの日のことだ。海のない信州安曇野では、鯉を煮付けて喰う慣習がある。

「どうですね、鯉の味付けは……」

 母が父にそう訊いた。すると、

「そうさな、旨いには旨いが、やっぱりおふくろの味には及ばんなあ」

 父の言葉で、母がみるみる不機嫌になっていくのが分かった。

「おやじ、いい加減にしとけよ」

 あのとき、おれは確かにそう言ったっけ。

 ばあちゃんの作る鯉の煮付けは、そりゃもう絶品だったけれど、それを言っちゃお終いだぜ、おやじ――という感じだった。

「まあ、おふくろの腹から生まれて、おふくろの作ったものを喰って大きくなったんだから、味慣れしてるってことはあるわな・・・・・・」

 いささか反省して取り繕ってはみたが、妻は納得していない様子だった。

「なにが違うのかなあ・・・・・・。じゃが芋にキュウリにハム、お母さんの具材はそれだけだし、熱いうちにお酢も入れてるし、胡椒も効かせてるし――」

 夜半、台所でつぶやく妻の声を聞いた。

 後日、帰省の折にこの話を聞かせたところ、おふくろはへろへろと笑って、舌を出した。

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