「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第3回
キッコーマン賞
「父のしぐれ煮」
坪井 理恵さん(兵庫県)
読売新聞社賞
「ビタミンカラー弁当」
常世 ゆかりさん(長野県)
入賞作品
「母二人の手料理」
平塚 ゆかりさん(東京都)
「焼き蛤を食べたがよ」
澤田 俊迪さん(東京都)
「アメリカの味」
岑村 隆さん(長野県)
「おそらく一番」
岸島 正明さん(神奈川県)
「ハルちゃんのタマゴ記念日」
高見 知恵さん(兵庫県)
「風邪にワイルドカレー」
阿部 磨里子さん(千葉県)
「おでん屋のオヤジ先生」
東山 貢之介さん(兵庫県)
「おいしいトマトの食し方」
込山 絵美子さん(千葉県)
「私の宝物」
石部 洋子さん(兵庫県)
「神様からのおにぎり」
滝澤 和弥さん(東京都)

※年齢は応募時

第3回
入賞「私の宝物」石部 洋子さん(兵庫県)

 保育所の帰りに、息子の友達数人が狭い我家にやってきた。若いお母さんも同伴だ。

「今日も、お好み焼きにするね」

「うわぁ、嬉しい!」

 お母さんたちの拍手が湧く。

「だって、本当に美味しいのよ」

 お世辞でも嬉しくて、私は必死で頑張る。

 離婚して間もない頃のことである。私が三十三歳で息子が三歳だった。

「ボク、ター君(息子の呼び名)とかえりたい」「ボクも」「私もいきたい」

 私が仕事を終えて、保育所へ迎えに行くと、沢山の友達が可愛い声で集まってくる。息子はニコニコ顔だ。その顔が嬉しくて、私は沢山の友達を連れて帰る。まるで延長保育の先生みたいに。お母さん方も喜んでくれる。

 お好み焼きは簡単だし、材料費も安くつく。まして「美味しい」と言って喜んでくれるのだから、私は何より嬉しいのだ。

「お好み焼きに人参が入っているなんて、珍しいわよ」

 私は、自分流なので、少し恥ずかしかった。冷蔵庫の残り物の野菜を入れただけである。小麦粉にキャベツと人参を刻んで入れる。豚肉と海老、烏賊も入れた。卵を割り入れ、長いもを摩り下ろして牛乳で溶いた。夢中だった。子供たちの弾ける笑い声を聞きながら、私はとても幸せな気持ちになっている。ありったけの野菜を刻み、フライパンでどんどん焼いていく。お母さんたちの笑い声も楽しい。

「乾杯をしよう」

 お母さんたちにはビールをいれ、子供たちにはジュースをいれた。

「カンパーイ!」

 グラスの触れあう音が文化住宅の狭い部屋に響く。保育所での出来事や、子供たちの近況報告で親たちの話題は尽きない。両親揃っていても、方親でも、子供の日々の心配や悩みは同じだと分かる。私は、さらに追加のお好みを焼く。子供たちは、口元にマヨネーズやソースをつけながら、ピースのポーズでふざけている。ぽろぽろこぼす子もいる。でも、楽しい一コマだ。

 私の焼くお好み焼きの噂は、友人の間に広がり、沢山の人が出入りするようになった。息子を寂しがらせたくない一心であったが、私にもお母さんたちの友人が沢山出来た。

 息子が小学校に入っても人気は衰えず、リクエストは、やはりお好み焼きだった。

 ある日、息子は私に隠れて友達に協力してもらい、お年玉でためたお小遣いから買ってきてくれたのが、ホットプレートだった。その日は、私の誕生日であった。私は胸がいっぱいになり、思わず涙ぐんでしまった。

 その後、私は何度も何度も、お好み焼をした。息子が成人してもお好み焼をした。

 息子は独立して、いま台所の方隅でホットプレートが寂しそうにしているが、私は廃棄することが出来ない。私の珠玉の宝物だから。

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