「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第3回
キッコーマン賞
「父のしぐれ煮」
坪井 理恵さん(兵庫県)
読売新聞社賞
「ビタミンカラー弁当」
常世 ゆかりさん(長野県)
入賞作品
「母二人の手料理」
平塚 ゆかりさん(東京都)
「焼き蛤を食べたがよ」
澤田 俊迪さん(東京都)
「アメリカの味」
岑村 隆さん(長野県)
「おそらく一番」
岸島 正明さん(神奈川県)
「ハルちゃんのタマゴ記念日」
高見 知恵さん(兵庫県)
「風邪にワイルドカレー」
阿部 磨里子さん(千葉県)
「おでん屋のオヤジ先生」
東山 貢之介さん(兵庫県)
「おいしいトマトの食し方」
込山 絵美子さん(千葉県)
「私の宝物」
石部 洋子さん(兵庫県)
「神様からのおにぎり」
滝澤 和弥さん(東京都)

※年齢は応募時

第3回
読売新聞社賞「ビタミンカラー弁当」常世 ゆかりさん(長野県)

 しんどいことがあって気持ちが折れそうな時、自分のために作るお弁当がある。新しくご飯を炊き、その炊きたてのご飯で作った酢飯を四角いお弁当箱に平らによそい、切り海苔を散らす。海苔の上に盛り付けるのは、塩茹でしたさやえんどうの細切り、イクラ、錦糸卵だ。

 野菜のつやつやした緑と、赤い宝石のようなイクラと、ふんわりやさしい黄色とで斜めに帯を描くと、目にも鮮やかな三色の国旗みたいなお弁当ができあがる。このお弁当を、私はビタミンカラー弁当と呼んでいる。

 ビタミンカラー弁当を最初に作ってくれたのは、数年前に八十四歳で逝った親友だ。近所で独り暮らしをしていた彼女とは親子ほど年が違うが気が合った。私が離婚した年に彼女はたった一人の息子さんを病気で亡くした。それを境にさらに親しくなった。

 息子さんの死後まもなく、彼女も命に関わる大事な臓器を複数同時に病み、突然死の可能性を言い渡されていた。時おり一緒にお茶を飲みながら、彼女は遠い目をして、離れて暮らしていた息子さんの思い出や、病院での看取りの様子、また、彼女がリタイア前に携ってきた仕事のこと、彼女自身の半生など、様々な経験を話してくれた。

 フリーランスで仕事をしている私を見て、「あなたを見ていると、若い頃の自分を思い出すわ」

 と目を細め、私が出張に行くと伝えると、「何時に出るの?出かけるときに寄ってね。お弁当を作っておくから」

 と母親のような笑顔になった。

 出張に出る朝、彼女の家に寄ると、大判のハンカチに包んだ作りたてのお弁当を差し出し、「気をつけて行ってらっしゃい。がんばってね」と、私の肩をとんと叩く。

 だが何度目からか、別れ際に笑顔を交換しつつも、いつもお互いに泣きそうになった。口にこそ出さないが、会えるのはこれが最後かもしれない、という予感を覚えていたから。

 高速道路のサービスエリアで、或いは移動中の列車内で、私はお弁当を開いた。焼き海苔と酢飯の香りが立ちのぼり、こぼれんばかりに盛られた緑と赤と黄色のビタミンカラーが、勢いよく目に飛び込んでくる。頬ばるたびに元気をもらえる特別なお弁当だった。

 出張先で、私は彼女の突然の死を知った。返せなかったお弁当箱は彼女の形見だ。

 気分を変えたくて、私は彼女の真似をする。酢飯を作り錦糸卵を焼き、さやえんどうを茹でているうちに、彼女の笑顔が蘇ってくる。すると心も上向きになってゆく。丁寧にお弁当を詰めると、さやえんどうの緑が、イクラの赤が、卵の黄色が、一斉にエールを送ってくれるのだ。

「めげずに、がんばれ」

 ひとつのお弁当から、今も勇気を受け取っている。

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