トマトは薄く切り、お砂糖をたっぷりかけて、冷やすこと暫し。夕餉が終わる頃には、真っ白だったお砂糖が、いい塩梅に透き通った密となり、それはそれは美味絶品のデザートができあがる。
トマトは塩派!だった筈の夫と争うように、あっという間に平らげれば、きれいに空いたお皿にはたっぷりと、トマトとお砂糖の溶けた蜜が、ほどよくひんやり残される。
そう、お砂糖トマトの真の醍醐味は、この蜜を飲み干すことにあるのだ!されど、ただ飲めばいいわけではない。最高においしくトマトを味わい尽くすには、それなりのお作法が必要なのである。
まずは静々とお皿を下げ台所に立ったなら、右を見て左を見て、だあれも見ていないのを確認する。しからば、品よく両手を沿えて、さあ、一気に召しませトマト汁。がっぷりお皿にお口をつけて、ごくりごくりと頂けば、甘くてすっぱい秘密の味わい。これぞ我が祖母直伝、おいしいトマトの食し方である。
明治生れの私の祖母は、毎日人力車で女学校に通った超お嬢様育ち。ピアノを弾いているのを祖父が見初めて恋愛結婚したのが自慢だった。私は親戚中でも超のつくお転婆娘だったが、このロマンチックな昔話は大好きだった。日頃の行いを棚に上げ、きっといつか私もと、この素敵な祖母に深く憧れていた。
だがそれゆえに、私には密かな悩みがあった。孫煩悩な祖母は、泊りに行くと必ず一緒に寝ようと言うのだが、実は私にはおねしょの癖があったのだ。祖母もそれは承知の事で叱られはしないが、憧れの祖母の布団を濡らすのは心底恥ずかしく、いつも口実をつけては断ったり、夜中にこっそり抜け出していた。
だがその日はいい口実が浮かばす、苛々し大暴れしてしまった。夕餉の後のお砂糖トマトは皆から叱られ叱られ、泣き泣き食べた。
罰に片づけを言いつけられ、トマトの皿を台所に持っていくと、祖母に呼び止められた。
「いいことを教えてあげる。」
見上げると、祖母はにんまり笑って、きょろきょろと右を左を見回した。
「トマトの一番美おいしい食し方。誰も見てないところでやるんだよ。」
するといきなり皿に口をつけ、ごくりごくりとやりだした。途中で私に皿を差し出すその瞳は、ビー玉みたいにキラキラだった。私も大喜びでそっくり真似して飲み干した。
ああ、秘密の味の何とおいしいことよ!
それから、二人して声を潜めて暫く笑い合った後、私が謝ると、祖母はもう一つだけすごい秘密を打ち明けてくれた。
「お前のママも私もね、おねしょしていたんだよ。」
おばあちゃんと一緒に朝までぐっすり眠ったのは、その夏が最後になってしまった。私のおねしょはその後数年で治ったが、秘伝のトマトの食し方は今も忘れず守り抜いている。