会社帰り、十一月の初めにしては寒い夜だと思ったが、夫も子供達も寒くないと言う。案の定、風邪で翌日は会社を休んでしまった。夫は鬼のかく乱と笑って会社へ、かく乱かく乱と子供達が続けて言って学校へ出かけた。それ程私は元気で、それだけが取柄だった。しかし、昼頃になると熱は39度、南極に裸でいるとこんなんかなと思うほどの悪寒。さすがに私も医者に走った。
小二の娘は三時頃、小五の息子は四時頃戻ってきて、布団の中の私を見て、驚いた表情で一言「ありゃ。」と言った。「ごめんね、今日の晩ご飯、お弁当買うてきて食べてくれる。」と、財布の入っているバックに目をやった。「ぼくらはそれでええけど、お母ちゃん、何食べる?」「お母ちゃんはええから、外が暗うならんうちに、早う二人で行って買うてきなさい。」そのあと、二人のゴソゴソという話し声がしていたが、ややあって息子が「行ってくるしな、ゆっくり寝ててや。」とふすまのむこうで声を掛けた。
とても深い眠りで、どのくらい眠ったのかわからずに目覚めた。二回も取り替えた下着が、またびっしょり汗で濡れていた。リビングから大人の声が聞こえる。「お!すごい、すごい。起こしてみるか。食べるかもしれへん。」夫の声だ。ふすまが少しあいて、光がスーッと入ってきた。「起きてるか。圭と桃がカレーライス作ってくれてるで。」え、子供達がカレーライスを……まさか、とびっくりした勢いでとび起きた。九時だった。お母さんが大好きなカレーライスを食べたら風邪直るかと思って、二人で肉を買いに行ったのだと、そしてお父さんの帰りを待っていたのだと言う。
「ご飯は機械が炊いてくれるけど、カレーは手作りやから……」と自信なさそうな息子。一目見て、じゃがいもと人参は皮付きのぶつ切り、肉はロースの薄切りをそのまま、玉ねぎもぶつ切り、但しこれは皮はむいてあることが判明。ルーは、まあまあトローとして、いい色をしている。私の様子を見ていた娘、「皮な、包丁でようむかれへんかってん。そやからな、タワシでゴシゴシしたけど、皮、はがれへんかってな、そやから玉ねぎは皮なしやけど、じゃがいもとにんじんはごめんね。見て、うちの手、タワシで真赤々になってしもたんよ。」
もう、あかん。私の目から涙がポタポタ、テーブルに落ちた。すかさず夫が、「お母ちゃん、塩味、自分でつけてるで。」と茶化す。息子と娘は真剣な顔つきで、「お母ちゃん、どう?」「お母ちゃん、おいしい?」と聞いてくる。「お母ちゃんの風邪が、びっくりして、とんでいってしまうような、元気の出るおいしいカレー!!」それが20年前の私の答えだった。