「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第3回
キッコーマン賞
「父のしぐれ煮」
坪井 理恵さん(兵庫県)
読売新聞社賞
「ビタミンカラー弁当」
常世 ゆかりさん(長野県)
入賞作品
「母二人の手料理」
平塚 ゆかりさん(東京都)
「焼き蛤を食べたがよ」
澤田 俊迪さん(東京都)
「アメリカの味」
岑村 隆さん(長野県)
「おそらく一番」
岸島 正明さん(神奈川県)
「ハルちゃんのタマゴ記念日」
高見 知恵さん(兵庫県)
「風邪にワイルドカレー」
阿部 磨里子さん(千葉県)
「おでん屋のオヤジ先生」
東山 貢之介さん(兵庫県)
「おいしいトマトの食し方」
込山 絵美子さん(千葉県)
「私の宝物」
石部 洋子さん(兵庫県)
「神様からのおにぎり」
滝澤 和弥さん(東京都)

※年齢は応募時

第3回
入賞「ハルちゃんのタマゴ記念日」高見 知恵さん(兵庫県)

「いただきまーす。」大好きなオムライスを口いっぱい頬張る二人。三人兄妹。兄二人はおいしそうに食べ始める。末娘ハルの表情は硬い。一人だけチキンライスなのである。

 ハルには食べられないものがたくさんあった。所謂、食物アレルギーという疾患。「私、チキンライスあんまり好きじゃない。」ポツリつぶやくが、決して駄々をこねて卵を食べたいと言ったことは一度もない。命にかかわる問題であることを、まだ4歳の本人が一番分かっていたのだ。食べられない妹を横目にしつつ、兄二人も少し申し訳なさそうな顔になる。いつもの我が家の食事風景である。

 そんなハルに卵を食べられるチャンスが巡ってきたのだ。血液検査の結果、卵の負荷テストを病院で行うことになった。卵白身おさじ五分の一から始まり、黄身までを約二ヶ月かけて食べていく。

 二ヶ月後、先生から「今日でテストも終わりだよ。よく頑張ったね。これからは卵が食べられるよ。」と話があった。その日の病院の帰り道、私がハルに「今日の晩ご飯、何が食べたい?」と訊ねた。ハルは私の手をきゅっと握り、「オムライス。」と一言答えた。彼女のもみじのように小さく温かい手を握り返し、二人で家路を急いだ。

「ハルちゃん、どうやったん?」夕方、兄弟たちが口を揃えて訊ねてきた。「私、タマゴ食べられるようになってん!!」満面の笑みで答えるハル。「よかったなぁ~。」「ほんまによかったなぁ~。」と兄二人は万歳三唱。長男が、「お母さん、今日の晩ご飯はなに?」と嬉しそうに聞いてきた。「勿論、オムライス!」と私。

 子どもたちのオムライスを粛々と作る。兄二人は半熟、ハルの分はしっかり火を通し固めに。食卓にはほかほかの湯気があがった黄金色のオムライスが並び、子どもたち三人がケチャップ片手に思い思いの絵や文字を描き出す。「いただきまーす。」三人の元気な声が部屋中に響き、おいしそうに食べ始める。その時のハルのなんとも言えぬ顔。生まれて初めて食べた卵料理。どんな味がしたんだろう、どんな気持ちになったんだろうと思案し、彼女の顔をじっと見つめていた。ぼーっと立ち尽くしている私を見て、次男が「お母さん、どうしたん?早く座って食べたら。」と声をかけてくれた。はっと我に返り、ハルに訊ねてみた。

「ハル、オムライスどう?」

「とってもおいしいわ。今日はみんなと一緒や。お母さん、ありがとうね。」

 食べられることが当たり前だと思っていた私に、食べられることのありがたさや喜びを教えてくれた我が子。私は、卵を食べた時の彼女の顔と言葉を一生忘れないだろう。今日はハルちゃんのタマゴ記念日。これからも家族みんなで彼女と一緒に、素敵な一瞬を大切にして生きていけたらと切に思った。

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