「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第2回
キッコーマン賞
「おばあちゃんの保存食」
中立 あきさん(東京都)
読売新聞社賞
「母の餃子」
田宮 裕子さん(大阪府)
入賞作品
「父の十宝菜」
勝又 千寿さん(静岡県)
「ほやとおじさん」
福島 洋子さん(長崎県)
「最期の晩餐」
関 巴さん(静岡県)
「温かいポテトサラダ」
山口 美乃さん(神奈川県)
「夏の香り」
曽田 喜人さん(愛知県)
「三十年目のプリン」
松山 広輝さん(兵庫県)
「隠れない味、隠せないレシピ」
梅田 勝之さん(千葉県)
「オムライス弁当」
岩本 瑞紀さん(大分県)
「おいしい時間」
種田 幸子さん(愛知県)
「さっとのお好み焼き」
守内 恵美子さん(鹿児島県)

※年齢は応募時

第2回
読売新聞社賞「母の餃子」田宮 裕子さん(大阪府)

 母の作る餃子の味は、独特だ。どこに行っても同じ味の餃子は食べられない。

 結婚して、家をでた姉と私が帰省すると、「どこかへおいしいものでも食べにいく?」と父も母も聞いてくる。でも私たちが一番食べたいのは、どんな豪華な外食より、母の作った餃子だったりする。

 皮の中身はひき肉とニラとキャベツだけ。味付けは塩胡椒のみ。でもどこの餃子よりもおいしくて、ご飯がすすむ。あんな餃子はほかでは食べたことがない。

「お母さんの餃子って、なんであんなにおいしいのかな。」姉と話し合ったことがある。私が「お母さんって、別にそんなに料理上手ってわけでもないし、あの餃子だって適当に作ってる感じなのにね。」というと、姉が「あの適当な感じがいいんだと思うな。うまくやろうと思えば思うほど、絶対に作れないよ。」といった。なるほど、たしかに、具はみじん切りではなく、適当に切り刻んであるので、ざくざくしている。そしてそれらはスプーンでさっさっと交ぜられてるので完全に混ざってはいない。そして塩胡椒を適当にふりかける。さらに焦げ加減は絶妙。結果、具それぞれの味がしっかりして、それに皮の焦げがジューシーに絡み合って、いい感じ。

 娘二人からお手製餃子をリクエストされると、母はちょっと嬉しそうに、「なんか緊張するわあ。うまく作れるかな。」といいながら台所に立つ。「うまくやろうと意気込まなくていいって。あの適当な餃子が食べたいねん。」というと、「なんやの、それ。」といいながら笑う。

 出てきたちょっと焦げた餃子はやっぱりとてもおいしい。姉と、「やっぱりこの具が混ざりきってない感じとか、最高だねえ。」と言いながら食べる。山のように出てきた餃子はあっという間になくなっていく。

 私たちがまだ学生だったころ、母はフルタイムでパートにでていて忙しかった。パートに出たきっかけは姉の私立中学進学だった。「うちは残してやれる財産はないけど、学歴だけは、本人が頑張るかぎりつけさせてやりたい。学歴はお金に勝る財産になりえる。」母はそういっていた。結局、私も姉も中学高校と私立に進み、最後は大学院まで進学させてもらった。

 一日パートに出て、夕方帰ってきて急いで夕食を作る。そんな忙しい日々の中で、母のざつな餃子は作られていたのだ。

 なぜかそんな餃子が、本当に本当においしいのだ。

 六十を超えて、娘二人を嫁にだした母は今、自分が若いころに行けなかった大学に、通っている。相変わらず忙しい毎日の母である。いつまでも元気で、私たちが帰る時は、餃子を作って迎えてほしいものだ。

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