ダイバーシティを理解し、ユニークな視点を持って活躍する人を社会に送り出したい
武石 惠美子教授
誰もが「ダイバーシティ」の当事者
コー 本日は、法政大学におけるダイバーシティ化をテーマに、この4月に設置された「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンセンター(DEIセンター)」のセンター長の武石惠美子先生とお話したいと思います。最初に、これまでの法政大学におけるダイバーシティ化の経緯をご紹介いただけますか。
武石 前総長の田中優子先生が総長を務めていた2014年に、法政大学の全体構想として長期ビジョン(HOSEI2030)を策定しましたが、その年が活動の始まりです。そこで、4つの課題として財政基盤検討、キャンパス再構築、ブランディング戦略と並んでダイバーシティ化推進が掲げられ、法政大学におけるダイバーシティの取り組みがスタートし、ジェンダーだけでなく国籍や人種、性的マイノリティーも含めた議論が始まりました。2016年には大学憲章「自由を生き抜く実践知」を制定し、「法政大学ダイバーシティ宣言」を学内外に発表。ここで大学としての大きな方向性を示したことが現在の基礎となっています。コー先生もメンバーに加わっていただいた「法政大学ダイバーシティ推進委員会」でも教職員や附属校を含めた組織全体として議論を進め、動きに拍車がかかったと感じています。そして、2024年4月に活動の象徴的な組織である「DEIセンター」が設置されたことで、法政大学がダイバーシティを掲げてから10年の節目に地道な活動が実を結びました。
DEIセンター入口
コー ダイバーシティ推進の一環にもなる男女共同参画推進については1990年代から取り組んでいますが、多次元のダイバーシティ推進に取り組むようになったのは10年ほど前からです。武石先生をはじめとし、長年関わってこられた皆さんの努力でDEIセンターの開設までこぎつけましたね。でも、DEIセンターは多様化推進のゴールというより、これから本格的にスタートするのだと思います。
武石先生は本学におけるダイバーシティの現在の課題をどう捉えていらっしゃいますか。
武石 2010年代半ばまでは社会的にはダイバーシティの重要性があまり認知されていませんでしたが、近年ダイバーシティは価値をもたらすという認識が社会的に広まり、大学全体の意識も高まったと感じます。ただ、法政大学は比較的早い時期から取り組んできたため、もう少し社会をリードする動きがあってもよかったと今となっては思います。現在、課題があるとするならば、例えば「なぜ女性だけが優遇されるのか」といった声がいまだにあるなど、ダイバーシティへの理解にばらつきがある点です。
コー 自分が当事者であるという意識がまだまだ足りないのだと思います。そこを啓発するのはなかなか難しいことですよね。私がもう一つ懸念しているのは、DEIセンターができたことは大変良いことですが、全てがセンター任せになったら困るということです。
武石 そうですよね。ジェンダーの問題になった時に「女性の問題だから、男性は関係ない」となってしまうと対応を間違えます。ダイバーシティとは究極は「一人一人違っていることを認めてそれを受容していく」ということなので、誰もが当事者として関わることなのですよね。ダイバーシティ関連の研修などでは、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)が大きな課題となっています。例えば「ダイバーシティというと弱い人を助けてあげるためのもの」「女性ってこうだよね」というのもアンコンシャスバイアスです。それに対する気づきを啓発するためのアプローチを考えていく必要性を感じています。
まず「一人一人違う」と理解すること
コー 武石先生は企業でのダイバーシティ推進に関わってこられてきましたが、大学でも活かせるご経験はありますか。
武石 企業のダイバーシティは2010年代半ばくらいまでは、両立支援や女性活躍推進など法令遵守でやらなくてはいけないものという受け止め方でしたが、ここ5、6年くらいは「多様性が企業の価値を高める」と経営者が本気で取り組み、多様な人材が不可欠だと考えるようになっています。現在は、自分の意見をしっかり発言でき、おかしいと思ったことには声を上げることができる人材が求められています。大学としてもこの視点は非常に重要で、ダイバーシティの価値を理解しユニークな視点を持って社会で活躍する人を送り出すことが大学の役割であると感じていますし、卒業生が社会を変えていってほしい。DEIセンターからもそういうメッセージを出していけたらと考えています。
一方で、組織としての大学という側面で言うと、教職員の啓発に加え、評価の仕組みやマネジメントのやり方の改善も必要です。企業と違うのは、顧客ともいえる学生にも発信する点で、大学のダイバーシティの面白さだと感じます。
コー 大学の全ての授業で教員が多様性を意識することが理想的ですがなかなか難しい部分もあります。学生がダイバーシティを理解するにはどうすればいいでしょう。
武石 私はまず「一人一人違う」ことを理解することが重要だと思っています。先生が教えていらっしゃる学生は国際的なセンスを持っている人は多いと思いますが、この点はいかがですか。
コー 私のクラスには海外経験のある学生が多いので、多様な宗教や民族への知識だけでなくSOGI(性的指向・性自認)の多様性などへの理解もあります。学生同士でディスカッションさせることが一番の学びになっています。
武石 それはいいですね。多様な経験を持つことは本当に大事です。そして、皆が違うことを知り、多様な人と話すことで新しいことが生まれると実感することが、これからの学生に必要な基礎的能力です。こうした体験は大学のいろいろな場面でできるはずです。本学では、所属する学部や学科のカリキュラムだけでは修得できない他領域の知を体系的に学ぶことを目的に開設された「ダイバーシティ・サティフィケートプログラム」も提供しています。今後より広い領域の学生が参加することでプログラムが進化していくのではないかと期待しています。
コー 私は社会学出身のため、特に格差や人権に関心を持っており、制度上の不平等などをなくし、誰でも「普通に」生活できることを最終的な目標としています。これを大学内で推進するには体制が必要です。本学では今年からはグローバリティとダイバーシティを一緒に推進することとし、「グローバリティ・ダイバーシティ推進本部」を設置しました。武石先生はこの二つを一体的に推進する意義をどのように考えていらっしゃいますか。
武石 ダイバーシティは大きな概念ですので、他の要素が加わる重要性もありますし、この2つの言葉はメッセージが重なる部分もあるので相乗効果も高いと思います。
コー 確かにグローバリティという言葉は国籍の要素だけではなく、ダイバーシティと同じように使われるようになっていますね。
学生が主体的に関われる場になってほしい
ダイアナ・コー 副学長
コー DEIセンターが発足して1ヶ月弱ですが、センター長としてどのように感じていますか。
武石 私はここを皆でダイバーシティに関わる課題を共有する拠点にしたいと考えています。毎日学生も来てくれて、ラウンジで待ち合わせておしゃべりしていたり、新しい友人を作ったりしているようですし、「サポートしたい」「イベントはありますか」という声も届いています。また、潜在化していた課題が解決に繋がった事例もあったと聞き、大変嬉しく思っています。
コー 私のところにも卒業生から良い反響が届いています。
武石 外部からの問い合わせもあり、学外へのメッセージにもなっていると感じます。DEIセンターのEはエクイティを指しますが、こちらの言葉は耳慣れない方もいると思いますので少し説明しておきますね。よく塀の向こうを見ようとしている背の高さの違う3人の絵で説明されることが多いのですが、3人に同じ高さの踏み台を与えるのが「イコール」で、背の高さに応じた踏み台を与えるのが「エクイティ」です。でも、塀がなくなれば何も必要ないですよね。エクイティはこの塀を取り払うまでの暫定的な対応という側面も大きいです。塀をなくすことを目指しつつ、不利な状況があれば適切に支援することを進めたいです。
コー 今の制度の多くは特定の人の特徴が前提として作られていて、特定の人以外には厳しいものとなっています。つまり前提が違うんです。多様な人が働いているという前提に変えれば社会は変わります。
武石 このセンター設立のために大変なご尽力をくださったコー先生の思いも是非伺いたいです。
コー 私も「これからがスタートだ」とワクワクしています。課題はありますが、やってよかったと思っています。理想を言えば、学生たちが自主的に当事者として関わってくれることを期待しています。大学が場所を提供し、学生が自分たちのこととしてやっていくことが重要です。法政大学では海外からの留学生と日常的なコミュニケーションができる空間として、全キャンパスに「グローバルラウンジ」を置いていますが、このグローバルラウンジのあり方が参考になるかもしれません。英語の学習アドバイザーがいますが、学生同士の活動が目立ちます。それも日本人学生が留学生を一方的にサポートするという形ではなく、いろいろな学生が一緒に関わって楽しくやっています。
武石 学生たちが活動しながら大学を変えていくという、学生にとって主体的に関われる場になっていくといいですよね。
コー 情報発信に関しても多くの方に関わっていただきながら継続していくことが重要ですよね。
武石 今後、DEIに関する情報を学内外へ発信するため、これまでの「DIVERSITY NEWSLETTER」をリニューアルして「DEI NEWSLETTER」を発行していく予定です。
コー 学生のディスカッションを掲載したり、いろいろな学生に「私にとってのダイバーシティ」といったテーマで原稿を書いてもらったりしても良いと思います。 また、今年はこれまでの基本方針と具体的な取組内容を整理して、「法政大学ダイバーシティに関する学生・教職員のためのガイドライン」として策定しました。
DEI NEWSLETTER
武石 こういうものがきちんとできて、問題を予防的に防止する有効性があると考えています。こちらもコー先生のご尽力があって出来上がったものです。
コー まとめて一冊になっているというのが重要だと思います。私はこれを作る過程で大変勉強になりました。縦割り組織の中で皆が協力して課題を共有できたのも大きいですね。例えば法政大学では同性パートナーは事実婚の相手と同じように福利厚生を受けることができますが、事実婚と異なり、同性パートナーの場合は証明は必要になり、ハードルは高くなりますね。また、学生も通称名を使うことができますが、そのための条件を見直す余地があることも分りました。このように、課題が見えて改善につながります。
最後に、今後の活動に向けての抱負についてお話ししましょう。私としては、まだ始まったばかりと考えており、法政大学の皆さんが包摂的な関係を築く当事者として関わってくれるようになるのが最終的な目標です。私が定年退職するまでには、より公平でインクルーシブな大学になってほしいと願っています。
武石 私はゴールがどこにあるかわからないということを楽しみたいなと考えています。目標を決めないで皆で一緒に考える、予定調和にならないスタンスでいきたいと思います。
コー 素晴らしいです。本日はありがとうございました。
武石 ありがとうございました。
- 法政大学 キャリアデザイン学部教授 武石 惠美子(たけいし えみこ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(社会科学)。労働省、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授などを経て、2006年法政大学に着任。2024年に開設した法政大学DEIセンターの初代センター長を務める。専門は人的資源管理論、女性労働論。厚生労働省「労働政策審議会」「労働政策審議会 人材開発分科会長」等の公職を務める。著書に『キャリア開発論(第2版)』(中央経済社)、『多様な人材のマネジメント』(共編著、中央経済社)など。
- 法政大学 副学長・常務理事 グローバル教養学部教授 Diana Khor(ダイアナ・コー)
スタンフォード大学大学院社会学研究科博士課程修了。Ph.D. (Sociology)。1999年法政大学に着任。第一教養部、法学部を経て、2008年からグローバル教養学部教授。2021年から副学長・常務理事 (担当:グローバル、男女共同参画・ダイバーシティ推進)、グローバル教育センター長を務める。専門は社会学、ジェンダー・セクシャリティ研究。著書に『Same-sex partnerships in Japan: Would legalization mean deradicalization? (in Beyond Diversity)』(Dusseldorf University Press)など。