「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第6回
キッコーマン賞
「私とゆで豚とお母さん」
平山 朋子さん(埼玉県・38歳)
読売新聞社賞
「櫻ごはん」
植田 欣也さん(神奈川・90歳)
入賞作品
「目玉焼き丼と息子」
宮澤 勝さん(東京都・55歳)
「ある意味『おいしい記憶』」
小寺 弘治さん(兵庫・54歳)
「エビフライ」
植原 睦子さん(埼玉県・56歳)
「おこげと少年」
畠山 千恵子さん(愛知県・97歳)
「日の丸弁当」
笠井 幸雄さん(福岡県・85歳)
「愛情のさじ加減」
宗田 千奈さん(京都府・19歳)
「幸せ広がれ」
渡辺 喜美さん(千葉県・44歳)
「黄色が好きな理由」
大越 芳子さん(神奈川県・60歳)
「赤魚の煮こごり丼」
樋口 信代さん(神奈川県・62歳)
「おいしい空気」
大塚 紗都子さん(福岡県・30歳)

※年齢は応募時

第6回
読売新聞社賞「黄色が好きな理由」大越 芳子さん(神奈川県)

その人は、大きい鞄を持って立っていた。記憶の薄い遠い親戚の伯父さんだと思い、

「こんにちは」

と私は小声で挨拶をした。

 奥の方から嬉しそうな母の声が聞こえた。

「お帰りなさいでしょ」と・・・

 外国航路の船員だった父は、出航すると三、四ヵ月は、家を留守にする。

 そう、その人とは、私の実父。

 その日の夕方、母が入院した。

 あまり会話もしたことのない、突然の訪問客というような父と、二人だけの生活が始まった。

 明日は、遠足。

「お弁当はどうしよう」の一言がいえず、

「おやすみなさい」

と仰々しく頭を下げ、布団を敷いて寝た。

 翌朝、座卓の上にお弁当らしき包みがあり嬉しさより安堵した。

 緑がふんだんにある丘で、緊張の時だ。

 蓋を開けると、真っ白い御飯の上に、甘い甘いいり卵の黄色が一杯で、その甘さの引き立て役が甘辛いお醤油の香りがする茶色。そして、ちょっとだけ鮮やかな桃色も。

 すると、仲良しのあっちゃんが、

「遠足はおにぎりだよ。お箸で食べるお弁当は大変そうだね」

と真剣な顔でいった。

 私は心の中で「ふん」と思いつつも、納得した。

 美味しかった。嬉しかった。走りたかった。走って、走って。

 門扉の向こうに、心配そうな父の顔を見付けた。

「黄色い卵が美味しかったよ」

 父を喜ばせたくて、元気よく精一杯大きい声でいった。

「お母さんに会いに行こう」

 ゴツゴツした大きい手が、私の手を握る。

 母の隣りには、大事そうに黄色い産着に包まれた赤ちゃんがいた。

 数日後、学校から帰宅すると、父の姿はなく

「お父さん、帰っちゃったんだぁ」

 といってしまった。

 何かちょっと変。

 だって、ここがお父さんの家だから・・・

「これからは、三人でお留守番だね」

と母がやわらかい声でいった。

 

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