「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第6回
キッコーマン賞
「私とゆで豚とお母さん」
平山 朋子さん(埼玉県・38歳)
読売新聞社賞
「櫻ごはん」
植田 欣也さん(神奈川・90歳)
入賞作品
「目玉焼き丼と息子」
宮澤 勝さん(東京都・55歳)
「ある意味『おいしい記憶』」
小寺 弘治さん(兵庫・54歳)
「エビフライ」
植原 睦子さん(埼玉県・56歳)
「おこげと少年」
畠山 千恵子さん(愛知県・97歳)
「日の丸弁当」
笠井 幸雄さん(福岡県・85歳)
「愛情のさじ加減」
宗田 千奈さん(京都府・19歳)
「幸せ広がれ」
渡辺 喜美さん(千葉県・44歳)
「黄色が好きな理由」
大越 芳子さん(神奈川県・60歳)
「赤魚の煮こごり丼」
樋口 信代さん(神奈川県・62歳)
「おいしい空気」
大塚 紗都子さん(福岡県・30歳)

※年齢は応募時

第6回
読売新聞社賞「エビフライ」植原 睦子さん(埼玉県)

「ママ、覚えている?」

 嫁ぎ先から久しぶりに帰ってきた娘が、台所でエビのからをむきながら話しかけてきた。たぶんあのことだなと思いながら、「なに?」とわざと答えた。娘が「たっくんがさ、・・・」と話し始める。

 もう二十年も前の話だ。五才の息子は、友達三人とスイミングスクールに週一回通っていた。スイミングの帰りに、夏はアイス、冬はピザまんや肉まんを食べながら帰ってくる。そのおこづかいとして、毎回百円を渡していた。

 四月の私の誕生日が近いある日、「ただいま!」と大きな声がして、「ママ。早く早く食べて。熱いうちに食べたほうがおいしいって、お店の人が言ってたよ」と、息子は転びそうな勢いで、息を弾ませながら帰ってきた。「どうしたの?」と声をかけながら、息子の差し出したビニールの袋を見た。そこには大きなエビフライが一匹入っていた。

「プレゼント。お誕生日のプレゼントだよ。ママが大好きなエビフライだよ」と、大きな目を丸くして、顔全体で、早く早くと、私がエビフライを口に入れるのを待っている。

「あーおいしい」声がふるえて涙が出そうなのを、ぐっと堪えて大きな声で言うと、「ほんと、おいしい?よかった!」息子はホッとした顔で水着の入ったリュックを置いた。小さな頭をなでながら、自分がアイスを食べたいのを何回がまんしたのかな、友達が肉まんを食べているのをどんな顔してみていたのかな、と思うと、また胸が熱くなった。

 あんなにかわいい笑顔で無邪気だった息子も、中学に入ると口数も少なくなった。高校生になると、父親と意見が合わなくなり、家ではあまり笑うこともなく、自分の部屋にこもってばかりいた。高校三年生の三者面談の時、教育大学に行きたいと思っていることを聞かされ、びっくりした。六月に部活を引退してからは、毎日朝から夕方まで図書館に通い勉強していた。私はなんて声をかけていいか分からず、おにぎりを作ったり、お弁当を作ったり、ただただ彼の努力が報われることを祈っていた。

 息子も今は二六になり、夢を実現させ、毎日教壇に立って頑張っている。大学の四年間親元を離れて過ごしたことで、息子は家族の大切さが分かったのかもしれない。初任給が出たから・・・・・・、ボーナスをもらったから・・・・・・と、いつも食事に連れていってくれる。その度に私はエビフライを食べる。池袋で食べたエビフライ、銀座で食べたエビフライ、どのエビフライも値段が高くとても美味しい。 でも、私にとって一番のエビフライは、駅近くの売店の特大エビフライ。あのエビフライだ。

「ママ、あの時幸せだったでしょ」という娘の声に、私はただうなずくだけ。

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