「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第6回
キッコーマン賞
「私とゆで豚とお母さん」
平山 朋子さん(埼玉県・38歳)
読売新聞社賞
「櫻ごはん」
植田 欣也さん(神奈川・90歳)
入賞作品
「目玉焼き丼と息子」
宮澤 勝さん(東京都・55歳)
「ある意味『おいしい記憶』」
小寺 弘治さん(兵庫・54歳)
「エビフライ」
植原 睦子さん(埼玉県・56歳)
「おこげと少年」
畠山 千恵子さん(愛知県・97歳)
「日の丸弁当」
笠井 幸雄さん(福岡県・85歳)
「愛情のさじ加減」
宗田 千奈さん(京都府・19歳)
「幸せ広がれ」
渡辺 喜美さん(千葉県・44歳)
「黄色が好きな理由」
大越 芳子さん(神奈川県・60歳)
「赤魚の煮こごり丼」
樋口 信代さん(神奈川県・62歳)
「おいしい空気」
大塚 紗都子さん(福岡県・30歳)

※年齢は応募時

第6回
読売新聞社賞「目玉焼き丼と息子」宮澤 勝さん(東京都)

 今年、息子が成人式を迎え一般的に言う大人の仲間入りをした。

 とても嬉しい。これから大きな夢に向かって精一杯飛躍してほしいものだ。

 これまで、息子には大変な苦労をかけてきた。幼少の頃から母親がいなかったから寂しい思いもさせたし、多感な頃も母親の存在がどれだけほしかったか。私も片親で育ったからそれが痛いほどわかる。

 父親の私だけでは、満たされない面もたくさんあっただろうが、息子は一度も私にぐずったり、すねたり、ねだったりはしなかった。小さいながらも仕事と家庭の両立で苦戦する私に、気を使っていたのだろうか。本当に申し訳なく思っているし、よくここまで真っ直ぐ育ってくれたと思う。感謝で胸が一杯だ。

 今は息子も自立し離れて暮らすが、親子二人三脚は今となっては大きな思い出と絆になっている。

 あれは、息子が小学校4年生のときだった。

 私が体調をくずし3日間程寝込んだことがあった。出張続きや深夜までの仕事で疲れが溜まり身体が動かず高熱が続いた。何とか起きて食事でもと起きようとするのだが体が言うことをきかない。息子にも「ご飯少し待っててな。調子が良くなったら何か作るからね。」などと育ちざかりの子に無理を言った。

 しかし、身体はなかなか快復せず、心身ともに辛かったことをよく覚えている。

 息子も「お父さん、平気だよ。ゆっくり寝てて」などと懸命に心配してくれた。

 それから少しの間眠ったのか外は暗くなり始めていた。今日は店屋物でも頼もうかと考えていたところ、部屋のドアが静かに開いた。

「お父さん、ご飯作ったよ。食べれるかなぁ」

 何と、私の寝ている間に一人で作ったのか。見よう見まねで作ったのか。息子のサプライズだ。ジャーに残っていたご飯と目玉焼き、目玉焼きはご飯の上にのせてあって、間にはふりかけがかかっていた。息子の大好きなふりかけだ。自分なりに工夫したんだろう。すごい目玉焼き丼だった。

 「ありがとうね。よく作ったね。自分で考えたの?すごいな!」と嬉しさと驚きと感激とともに口へ運ぶ。美味い。こんなに美味しい息子のご飯。今まで作ったことなど一度もないのに・・胸が一杯になり涙が溢れ出る。

「美味いよ。本当に美味しい。」その言葉しか出てこなかった。息子も嬉しそうに一緒に食べる。満足して照れくさい顔が忘れられない。

 この時をさかいに息子は大きく成長したような気がする。自立なのか病の父を看病した経験からか、自分が役に立ったことが嬉しかったのか、何かと自分から取り組むようになった。

 食事も時々一緒に作るようになり、寄り添う息子を見ながら頼もしさと健気さでいつも感極まる思いだった。

 そして、かけがえのない思い出となったこの「目玉焼き丼」は私の一番の心のごちそうとなった。二十歳になった息子がこの時のことをどこまで覚えているかわからない。

 けれどその優しさ思いやりが今の息子を形成していることは間違いない。

 二十歳の祝いは、前日から仕込んだちらし寿司を作ってみた。「友達と食べに行っていいんだぞ。」と促したが、「いいよ、お父さんと食べるよ。」その一言でまた胸が熱くなる。

 どうかこのまま成長してほしい。社会人として人に優しく健康で毎日を過ごしてほしい。

 それだけが父さんの願いだ。息子よ、成人おめでとう。

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