「あなたの 『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第5回
キッコーマン賞
「キュウリの糠漬け」
対比地 百合子さん(愛知県・66歳)
読売新聞社賞
「コトコト、ホクホク」
宮島 英紀さん(東京都・52歳)
入賞作品
「アイツの握り鮨」
城田 光男さん(東京都・58歳)
「おむすびの記憶」
関根 徳男さん(栃木県・60歳)
「黒い手」
北村 大次さん(福岡県・41歳)
「ひじきのいなり寿司」
三輪 咲枝さん(千葉県・50歳)
「弟の手料理」
船本 由梨さん(兵庫県・28歳)
「きりたんぽ」
木村 良子さん(栃木県・60歳)
「サンマが旨いぞ」
印南 房吉さん(神奈川県・85歳)
「ぐるぐるケーキ」
三上 真名美さん(東京都・45歳)
「主夫奮闘記」
佐藤 哲也さん(千葉県・42歳)

※年齢は応募時

第5回
入賞作品「ぐるぐるケーキ」三上 真名美さん(東京都・45歳)

 チョコレート生地の、どこにでも売っているような安っぽいロールケーキ。それを母は、薄く切った。動かない左手をケーキの端に添えて。器用な右手で、うすく薄く。

 ココア色のスライスを、バターを塗ったボウルに敷き詰めるのは私の役割だ。白い渦巻がきれいに見えるように、一枚ずつ丁寧に。

 生クリームをハンドミキサーで固く泡立ててるのは弟。母は片手で、みじん切りにしたバナナを混ぜ込む。左脚をかばう装具に寄りかかって。唇は微笑んで瞳はとても真剣に。

 クリームを入れたボウルの蓋になるように、ケーキのスライスをしっかり詰めていく。完成したら、そのまま冷蔵庫で二時間冷やす。ひっくり返すと、ドーム状で不思議な模様のチョコレート・バナナクリームケーキができる。とてつもなく簡単で、とてつもなく美味しい、それが母の「ぐるぐるケーキ」だ。

 母はお菓子作りが得意だった。弟と私はいつも、母の作るおやつに先を争って飛びついていた。

 わたしの十歳の誕生日には、見事なグランドピアノの形のケーキを作ってくれた。切ってしまうのが惜しいほどのケーキ。

 その翌年、母は脳腫瘍で倒れた。ひと月近くも、凄まじい頭痛を我慢し続けていたのだ。病院に運ばれ、緊急手術をしたときには、命が助かるかどうかもわからない状態になっていた。

 看病に明け暮れる父が不在の、暗い家の中。弟と私は、膝を抱えて廊下の隅に座り、母の料理で好きなものをいくつも言いあった。もう、食べられないのかなあ。ママのコーヒーゼリー、白玉、ピアノのケーキ……。

 ぎりぎりのところで母は生還した。しかし、家に戻ったときには、左手と左脚が動かせない身体になっていた。きれいだった顔は、手術跡を残して歪んでしまっていた。

 それでも母は、帰ってきたその日から台所に立った。動かない手を懸命に使って家事をして。私たち姉弟は、奇妙に無口になりながらも、家事をできるだけ手伝った。

 でも、きっともう、ピアノのケーキは食べられない。幼心に、変化を受け入れるのには特別な強さが要ることを、はじめて知った。

 それをいちばん知っていたのは母だった。

 次の年の、弟の誕生日。母は片手でも作れる「ぐるぐるケーキ」を考案して、私たちに食べさせてくれたのだ。

 そのときの動悸、跳ね上がりたいような気持ち、頬が落ちるほど爽やかに甘いバナナとクリームの香り、忘れることはできない。

 幸せな日々は短く、病を再発した母は亡くなった。そのケーキのレシピを私に残して。

 十数年後、弟が結婚した。どこか母に面影の似た、優しく芯の強そうなお嫁さんを連れて来たとき、彼は照れくさそうに笑って、私にこう言った。

「姉ちゃん、うちのケーキの作り方……俺の奥さんに、教えてあげてくれよな」

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