「運動会のお弁当、何がいい?」
と、きくと、長女は決まって、
「いなり寿司。」
と、答えた。
保育園の運動会で、私は、母の作っていた、いなり寿司を思い出して作った。油揚げをお醤油と砂糖で甘辛く煮て、酢めしに炒った白胡麻を混ぜ込んで詰める。だが、油揚げがくっついて、酢めしが上手く、油揚げに詰められない。油揚げに、たくさん穴の空いた、いなり寿司が出来る。これが、長女のために最初に作ったいなり寿司。
料理番組を観ていると、
「いなり寿司を作る時は、油揚げの上を、お箸でローラー回転すると良いですよ。」
と、料理の先生が言われる。次に作る時、早速、実践してみる。目から鱗。要領よく、酢めしが詰められた。
長女が、小学生になったある日。子どもたちとスーパーに買い物に出かけた。お惣菜コーナーで、いつもはおとなしい長女が、
「これ、おいしそう。」
と、指差す。見ると、ひじきとニンジンの入ったいなり寿司が並んでいる。当時、食の細かった長女が、おいしそうと言ったことが嬉しくて、私は、いなり寿司を買って帰り、昼食に子どもたちと一緒に食べた。
「おいしい。お母さんも、今度、いなり寿司を作る時は、ひじきとニンジンを入れて。」
と、長女は、静かにゆっくり話しながら、おいしそうに少しずつ口に入れた。
次の運動会のいなり寿司には、長女のリクエスト通り、酢めしに、ひじきとニンジンを入れる。彩を考慮して、水気を切った浸し豆も加えた。いなり寿司をかじると、白い酢めしに混ぜ込まれた、黒いひじきと、赤いニンジン、緑色の浸し豆が、鮮やかに現れる。
お弁当の時、長女が、
「お母さん、浸し豆がシャキシャキして、おいしい。」
と、はにかみながら、にっこり微笑んだ。こうして、我が家のいなり寿司は、長女の好きな味に、バージョンアップする。
去年の中学校の体育祭。長女は、お弁当に、やはり、いなり寿司をリクエストした。体も、すっかり大きくなって、長女は、家族で一番たくさんのいなり寿司を食べた。
その二週間後、長女は急逝した。晴天の霹靂だった。お通夜に、家族で棺を囲んで、あの子の好物を持参し、浸し豆をシャキシャキ噛んで、食べた。
今もあの子に会いたくて、たまらなくなる。どんなに泣いても、もう会えないのに。でも、あの子は、ひじきのいなり寿司のレシピを私に残してくれた。ひじきのいなり寿司は、
「お母さん、おいしい。」
と、にっこり微笑んだあの子を、私の脳裏に蘇らせてくれる。