教員 Pick Up 一覧
2015/03/02
農村研究を通して出会えた
魅力あふれる世界
専修大学人間科学部 永野 由紀子 教授
人間科学部の永野由紀子教授は、村落や農村生活を総合的に研究する「農村社会学」のエキスパート。特に日本の「イエ」と「ムラ」を研究の中心に据え、およそ30年にわたって全国各地の村を調査し続けてきた。誠実に、着実に研究を積み重ねてきた教授が、自身の経験から語る社会学の魅力とは──。
農村の生活とそこに住む人々に魅了されて
「もともと農村研究にそれほど興味を持っていたわけではないのです。大学の博士課程で何か調査をしなきゃいけなくて、当時の指導教授が研究していた分野を何となく選んだだけ(笑)。でも、研究を進めるほどに農村の生活やそこに住んでいる人々に魅了されてしまって。もっと知りたいという思い動かされて、今に至っています」
永野教授の研究テーマは日本の「イエ」と「ムラ」。これは農村社会学の一分野で、農村を形づくる集団の最小単位「イエ=世帯」を詳しく見ることで、「ムラ=村落社会」の構造を解き明かそうというものだ。研究を続けるうち対象は自然と「家族」にも広がり、現在は比較家族研究や、日本とインドネシア・バリ島との農村比較研究にも取り組んでいる。大学院で「何となく」選んだ研究は、今なお教授の好奇心と向上心を刺激し続けているようだ。
「昔から本を読んだり考えたりするのが好きだったので、大学に入学する前から将来は研究者になると決めていました。卒業後も大学院へ進むのも当然だと思っていたので、就職は全く考えなかったですね。とにかく研究者になって、それで食べていけなかったらアルバイトすればいいやと。それほど『研究』を仕事にしたかったんです」
大学では、「近代社会とは何か」「人間とは何か」といった社会学理論の真髄を追求。カール・マルクス(ドイツ出身の思想家)から大きな影響を受けたほか、理論を追求するだけでなくその実証もしなければとの思いから、冒頭の農村で現場調査する手法を選んだ。場所は山形県庄内地方。当時の担当教授に連れて行ってもらったこの地に、永野教授はその後何度も足を運ぶことになる。
大切なのは、現地でしか聞けない「生の声」
「何度も訪れてみてわかったのは、現場は実に多様だということ。私の知らない世界がたくさんあって、『日本の農村はこうだ』なんて一口に言えるものではないと痛感しました。それに、農業を通して人間の生活に必要なモノを作り出している人々、農業のプロとして仕事をしている人々はとても魅力的。私自身も、現地調査を通して自分の仕事の意味を再発見できました」
現地調査の際は家々を回り、住民の話を丹念に聞き取っていく。例えば農村の家族をテーマに研究していたときは、先祖代々の系譜や跡取や婿養子の有無など、かなりプライベートなことまで語ってもらったそうだ。本を読むだけでは決してわからない、現場に生きる人々の生の声。教授が学生に伝えたいのは、こうした声の大切さだ。
「私は調査実習の授業やゼミでも、生活の現場を重視しています。学生に、現場はそう簡単には理解できないということを知ってほしいからです。私自身、足を運ぶたび、話を聞くたびに、自分の知っていることは現実のごく一部でしかないと痛感します。以前、学生と一緒に現場でインタビューしたときに、『行政が机上で考えた政策や支援が、村にとって役立つどころか邪魔になることすらある。現場を知らずして支援や政策提言はできない』と言ってくれた学生がいました。学生がこうした気づきを得てくれたときは、とても嬉しいですね」
また講義では、仕事論や近代論についてテキストや映画をもとにわかりやすく解説。1年次生を対象にした授業では、炭鉱労働者やフラダンサーが登場する日本映画『フラガール』を見せ、仕事の意味や社会の変化について考えてもらったこともあった。こうした授業は、図らずしてキャリア教育にもつながるものと言えるだろう。
調査研究で得た出会いと感動
時間をかけて現場の声を丹念に拾い、歴史的な視点と社会学の知識をもってまとめ上げ、その土地やそこに住む人々の「いま」を世に伝える──。教授の話から浮かび上がってくるのは、その誠実な研究姿勢だ。「自分はわかってない」という認識を出発点とし、「だから教えてほしい」という姿勢で現地の人々と向き合う。こうしたことを繰り返し、現場で教えてもらったことを世に伝えなければという思いから、著書や論文にまとめ上げていく。
「社会学では『いま』を捉えることが大事ですが、調査している間にも現場は変化していきます。例えば宮城県塩釜市の島の漁村は、私が調査を開始した翌年に東日本大震災で大きな被害を受けました。日本三景のひとつ松島湾に浮かぶ松と菜の花畑が広がる美しい島で、調査に学生を連れて行ったこともあります。震災前からお世話になってきたので、震災後も論文を書く義務があると思って、震災研究が専門ではないのですが、急きょ研究テーマを変えて調査を行いました」
調査では、震災の影響で過疎化と高齢化が加速したことが実証された。教授はこの結果を『東日本大震災後の離島漁村の過疎化と高齢化―宮城県塩釜市浦戸諸島の事例―』という論文にして発表。島の人に送ったところ、「事実を書いてもらえて嬉しい」と喜ばれたという。
「長い学術論文なんて迷惑かなと思ったんですが(笑)、わざわざ読んでくれて、喜んでくれたことにとても感動しました。農村や漁村の人々との出会いは、この研究の魅力の一つ。これからも日本やアジアのさまざまな現場に出かけて、少しでも多く知らない世界に触れていけたらと思います」
永野 由紀子(ながの・ゆきこ)
福岡県出身。東北大学文学研究科博士課程中退。博士(文学)。東北大学文学部助手、愛媛大学法文学部助教授、山形大学人文学部助教授を経て2000年より現職。主な研究テーマはイエとムラ(東北地方の農山漁村の事例研究)、マルクス社会理論の形成史、バリ島の水利組織(スバック)。大学時代に社会学を専攻し、大学院時代から現在に至るまで農村研究に取り組んでいる。主な著書に『家存続戦略と婚姻』(共著/刀水書房)、『現代農村における「家」と女性』(刀水書房)など。
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